宇宙のマリンスノー・その3
日常任務についてから、色んな事を二人は知っていった。そして、ある事件の時、艦長に据えたのはあの少年の腹心の部下だった男、フランシス・ラヴェルだった。
「どこに行ったんだ、あの人はっ」
トマスが処理しきれない書類に埋もれてぼやく。
「あれ、トマス殿、閣下はどこですか。報告書・・・」
「消えました」
「どこへ」
「ここって確か」
「高級デパートが並ぶ繁華街・・・」
「あーーーーっっっ」
「何ですか、トマス殿」
「やられたっ、ちょっと行ってきますっ」
出ていくトマスを艦長は見送った。
「副官ってお疲れさんなことばっかあるものなー」
「そうだね、フランシー」
「いつ来たんですかっ、まさかご両親にはっ」
「ちゃんと言ってあるから大丈夫。フランシーのところ行くからって」
それはさておき。

「みつからないっ・・・どこ行ったんだっ、あの人はっ・・・」
ゼーゼーと建物の角で荒い息をトマスはした。
「まったくもーーー、アレ・・・」
ふと見ると路上のアクセサリーショップにいるブラックプリンス様。
「高いっもう一声っ」
「サハラの訓練って・・・戦闘機及びサバイバルのであって値切り交渉じゃなかったはずなんだけどなあ・・・もう」
「殿下」
「・・・トマス」
「お一人でお出かけは困ります。帰りますよ」
「助かった、おまえ、財布持っているかな」
「え」
「足らないんだよ、この指輪・・・」
「・・・持ってますよ、勘弁して下さい」

「ガラス玉じゃありませんか」
「そう、ついでに金メッキだ」
「安物」
「デザインが面白いんだよ」
「御身大切に願いますよ」
絶対零度の声に、アキテーヌ元帥閣下は顔を引きつらせていた。
「・・・はい」


「航海日誌に変な事書かないでくださいっ、殿下っ」
もうこの際、殿下でもいいやになりつつある宇宙軍旗艦のブリッジ。
「でっかく今日もヒマだ、なんて・・・」
「他に何かあったか」
「あーそう言えば、この間の指輪のお金、返して下さいよ」
「・・・覚えていたのか」
「います、ちなみに私も減俸食らってますので。休みにコンサートに行こうとしたら、ちょっと足りないし、辻音楽師にチップと思ったら財布がカラでしたので」
「・・おろしてくれば」
「そのヒマを潰して下さったのは、どなたですか」
「・・・はい、返します」
艦長が必死でお腹を押さえていた。
「艦長」
「何でしょう」
「笑ってもいいと思いますよ」
「トマス殿、一段とご機嫌が低空飛行ですね、何かあったんですか」
艦長がトマスの従卒に囁く。
「間違われたらしいですよ、よりによって閣下ときたら、左手の薬指に例の指輪しちゃったものだから」
「・・・結婚指輪の位置、まさかご存じないとかは・・・」
「知ってると思うんですけどね、サイズ調整出来ないし、はめてみたら、左手の薬指にジャストフィット」
「そりゃまあ・・・知っているんですかねえ、この世界、同性結婚オーケーなの・・・」
「どうでしょう・・・」
「噂にならなければ良いですよね」
「遅いと・・・」
「何が遅いのかね」
ぶっすーとトマスが冷たい声で言い放っていた。


「結婚についての説明…」
トマスがその法律のファイルを開いていた。
「…何、同性間も婚姻を認める…?」
ラヴェルがその横を通り過ぎようとした。
「あー婚姻の法律ですね、それは」
「あの…これ」
「精子をある程度政府に提供すれば、同性間でも婚姻は成り立ちます。女性の場合は卵子、レイモンド博士の様に完全カプセルで育った人もいますしね」
「えーっと…つまり」
「難しいですか…女と結婚するばかりが結婚ではなくてー同性のパートナーを得る人もいるということです」
「同性…ね」
「宗教の観念はありませんからね、まあ、私は基本女嫌いですから、結婚しなくて済むので助かりますよ、ここの法律」
ぶっ。トマスがお茶を吹いた。
「女嫌い…ですか」
「ええ」
しらっと言ってのける艦長にトマスは唖然とする。
「そう言えば…噂のことなんですけど…きちんと違うと宣言しておいた方が良いですよ」
「どんな噂ですか」
「ああ、元帥閣下とは夫婦同然だって話です」
それまたしらっとラヴェル艦長は言ってのけた。
「夫婦…、誰が誰と」
「元帥閣下とあなたが、ですよ、あなたが夫で閣下が妻の立場だってもっぱらの…アレ、大丈夫ですか…」
顔面蒼白となり固まりまくり、そのまま砂になって吹っ飛んでいったようなトマス・デ・ビーチャムがいた。
「でも、トマス殿…ないと言い切れますか、心の中に」
「そ、それは…それは…ないとは言い切れないが、ないと思いたい」
「そんなもんですよ、愛情と忠誠心とはそんなもんです。でー…噂の方はどうしますか」
「噂って何なんだ、トマス、それにラヴェル艦長」
ぴっきーんっ。トマスがまた固まっていた。ラヴェル艦長は同じ台詞をしらっと言ってのけた。
「…それは…そんなことないと言えばいいのか」
「微妙ですね、トマス殿が大丈夫なら、いいと思いますが、大丈夫でない場合は…二人で話し合ってから結論出して下さい。ちなみに、私はリシィとはとっくに結論出してますんで。それを信じていないのが若干一名いますが」
「誰が」
「白薔薇亭のオーナーですよ、総合大学では別名・リッチーくんのストーカーってあだ名ありますからね、あの人は」
「ああ、そう…話し合いね、そう…話し合いね。理解出来ないんだけどね」
「この噂話はアンインストールしちゃ駄目ですよ、お二人とも」
「はあ…」
ラヴェルは変わらず、しらっと言ってのけた。「元帥閣下とトマス殿が、ですよ、トマス殿が夫で閣下が妻の立場だってもっぱらの噂で、そのつもりが互いにないのならはっきりと宣言すべきです、では、私はこれで」
固まりまくった二人を置いてラヴェルはくすくす笑いながら、その部屋から去っていった。助けてください、お願いします…とかいうトマスの心の叫びを思いっきり無視して…であった。その反面、総裁様はこれは面白そうだ、とほくそ笑んでいたのは内緒である。


「噂を否定もしくは…あー肯定は…」
トマスがまた凍り付く。
「続けますよ、否定なさりたい場合は…」
「場合は」
「まずツーカーのやりとり、阿吽の呼吸はめいっぱい避ける。閣下の言葉にトマス殿は打てば響くような返答をしない、あるいは…全宇宙軍兵士に向けてただの上司と部下の関係だと宣言する。飲食を共にしない…それから部屋で二人きりになることを避ける。それから一番いい方法は」
「「いい方法は」」
「婚姻届を出してしまって正式にしてしまう」
またトマスが…永久凍土の様に凍り付いた。
「艦長…また凍っちゃったんだけど」
「耐久性あまりありませんねえ…」
こんこんとトマスをつつく元帥閣下にラヴェル艦長が笑う。
「で、お二人はどうなさいます」
二人は顔を見合わせて…同時に溜息をついた。
「…噂になるわけだ…」
左手の指輪をラヴェルがしめして言う。
「お金借りただけだ」
「その指輪をいくら合うからって結婚の印の指に、と言う事で尾ひれがひらんひらんとつきまくった訳ですか。どーせなら正式にしちゃえばいいのに」
そして、また永久凍土が…ひとつ…。そしてそれをつんつんつつく人が一人。

バレンタインのカードや
誕生日のカードをくれるかな、
僕が年をとっても…

ラヴェルが部屋でその歌を聴いていた。
「で、結局、閣下…どうなさったんですか」
「めんどくさいから出してきた。チェスに負けたおかげでなんだか微妙な気分だけど」
「は…」
「トマスは寝ぼけている時にサインさせた」
「つまりだまし討ち」
「そーなるね」
「知りませんよ、私は。噂を止めるためなんですか、それとも…」
「離婚は出来るんだろ」
「出来ますよ」
「互いにパートナーが出来たら、解消してそれぞれに結婚すると言うことで」
「ほんとに知りませんよ、閣下、どーなっても」
どっちの方向に飛ぶんだ、この人は。まったく、それが艦長の心の中。

「えええええっ、なんでそーなっているんですかああああっ」
「でも、このサインは…」
「た、確かに私のサインですけど…」
「それにこのサインも」
「確かに殿下のサインです…」
「じゃあ、この書類は正式と言う事で」

ひゅるるるるる。鬼神も哭かん秋の風、ウオリック伯爵、もとい、ビーチャム少将こおりつき、であった。

「夫・トマス・デ・ビーチャム
妻・エドワード・プランタジネット・アキテーヌ

右の者らの婚姻を承認す。
                     統合連邦移民局並びに市民局
                       局長・エリス・アートマイヤー」


「なんでこーなるんだ…」
「だってめんどくさい」
「殿下ーーーーーっ、何してくれてんですかーーーーっっっ」
絶叫が響き渡っていた。


「何が聞きたいんですか」
ドSだという噂のある艦長相手にとある質問。下士官以下全員はこの疑問を投げかけずにはいられない。噂に閉口し、入籍してしまった暴挙に出た元帥閣下にはとても聞けない。影で笑っていることは知っているけれども。
「ほんとにご夫婦なんですか、あのお二人は」
「さー……どうなんでしょうかね」
悪い夢を見たから来てくれなんて言ってトマスを寝室に引っ張り込んでしまうんじゃ…仮面もとい噂を断ち切るための便利ツールにした婚姻届だが、便利ツールどころか、誤解を生みまくっているんじゃ…とはラヴェルだって思うのだが。
「ご存じないんですか、艦長」
「この世界での婚姻は性別は問わないとはお教えいたしましたけど…噂になっていると言う事もお教えいたしましたけれど」
「けれど…」
「お二人が何を考えていらっしゃるのかは私には解りません…」
「ラヴェル艦長…」
総裁様が登場してそう言った。
「…報告書、遅れますけど、よろしいですか」
「別に構わないけど。ところで、なんでずらりと揃っているのかな」
「あー閣下とトマス殿ってマジ夫婦なのかって聞きに来たんですよ」
ぎゃああああ、なんてこと言うの、ラヴェル艦長……っ。
「なんだ、そんなことか」
「そういうことです」
「好き勝手に想像すれば、そんなこと。私はどうでもいい、君って割とドSだね」
人当たりがいい童顔にだまされましたです、ハイ。また、総裁、彼は笑っている。トマスはどう思っているのか、知ってか知らずか。

トマスは本気で問い詰める。はぐらかされるのは、承知の上らしい。
「何故だまし討ちにしたんですか」
「おもしろそーだから」
「宇宙軍全部を煙に巻くおつもりですか」
「まあ、そんなところかな」
勝手にしろや、と言えれば良いんだけど。記念にぺたっと貼り付けてあるパソコンの壁紙になっている婚姻届。外そうとしたら嫌味を言うし。トマスは溜息をついた。
「よく妻の欄にしましたね」
「チェスで負けたし」
「そんな事で…」
「そこでがたがた言ったら、せっかくの…何でもない」
「せっかくの、なんでしょうか、殿下」
人の部屋で寝ないで欲しいんですけどね、と言っても効果がないのは知っている。仕方なく、床に布団を敷いて寝るしかない。それをラヴェル艦長に愚痴ったら、簡易ベッドを置いていってくれたのは彼もまたかつての主君の事で苦労しているせいなのか。
「まさか、薬仕込んで寝ぼけさせたなんてバレたら、恐ろしいってものじゃないものな…」
総裁様はそう言って舌を出した。ちなみにその薬は…ラヴェル艦長さんの我が君から入手した品物だ。睡眠導入剤の一種だというが。
「殿下…」
「何」
「聞こえていましたけどね」
げ。やばい。トマスって…。
「いいですけどね、さっさと離婚届、用意しておいてくださいよ」
「それしたら、また変な噂たつんじゃないかな」
「手遅れでしょ、今更」
「そんなものかなー」
「まったくもー…」
「この床のベッド…」
「あーラヴェル艦長がくれたんですよ」
「あ、そう…あそこも何か苦労してたみたいだね」
「春休みになったらまた夫婦で来ますよ、きっと」
「そっか」
ごろり、と寝転んだトマスのベッドはやはりクッションがほどよく、シーツももちろん清潔だ。枕の高さが合わないが、寝違える程ではない。
「枕はこちらにして下さい」
渡された枕は…自室の物だ。
「そーする」
さて、トマスの枕を抱えようと手を伸ばしたが、トマスは黙ってそれを取り上げ、床下の簡易ベッドに据え付けると横になってしまった。
「おやすみなさい」
すっごく棘のある夜の挨拶に彼は…明日の朝がちょっと怖い、と思っていた。やっばーい、マジ怒らせちゃったよ、と思うしかない。宇宙に出てもう何日になるのか、解らない。大地を時々恋しく思うけれど…星の海。星の海にトマスといる。幸せだな、と思って微笑んだ総裁様だった。


不思議な歌が聞こえる。その人はクリスマス前に銃弾に倒れたという。愛する妻の前で。
「戦争は終わった、クリスマス・・・」
「殿下」
「そんな時期か」
「そうですよ、この歌、嫌いですか」
「いや・・・ただ・・・よく解らないだけだ」
「平和とは言い難い世界ですよね」
残務処理に追われるトマスはモニターを見つめていた。事件を一つ、片付けたところだった。
「今回の事件での・・・最終死亡者総数・・・」
「トマス」
「すみません、聞きたくないですよね」
「いや・・・そういえば・・・ラヴェル艦長が奇妙な事言っていたな」
「ああ、それはレイモンド博士ですよ、総合大学きっての天才学者」
「そうなのか」
「そっくりなのだそうです」
「あなたが永遠に幸せでありますように、と言っていた」
「いい言葉ですね」
報告書はまだ完成していない。
「クリスマスなしだな、我々は」
「そのようですね」

あなたが永遠に幸せでありますように。

トマスがそう呟いた。
「それ、私だと思っていいのか、トマス」
「ええ、もちろん」


宇宙にも慣れた。この世界にも。でも、やはり…口にしていない言葉がある。レイモンド博士が言った言葉を思い出す。
「本当の気持ちは直に、篤実に誠実に相手の顔を見て、自分の言葉で伝えるべきだ」
それを、彼はまだ、実行はしていない。果たして自分は、ただのエドワードになれるのか、彼は解らなかった。なっていない事だけは解る。生きる事。この世界で。ふとトマスを見た。副官としての仕事をこなしている。彼は…幸せなのだろうか、聞きたいと思う。彼と共にこの世界で生きていける。それは…どんな光が、どんな色が眼に見える事なのだろうか。それが解らない。