08. ペーパームーン
 「すげえ…まるで別人」
 「だから酒、飲ませたくなかったのよ」
坂田美紀子と名乗るダンス教師はそう言って頬杖をついた。
 「土方さんって音痴じゃなかったんですかい」
沖田総悟の言葉。
 「音痴よ、素面だとね」
 「えーっと、あれはー」
 「何なのかって私に聞かないでよ」
何であたしが。そう彼女は呟く。ぶっすりと。仕方なく、男らしく足を開き、懐から煙草。ただし、電子煙草。禁煙ブースでも、これなら許される。彼女は真選組幹部の隊服を着ている。ステージにいるのは、誰かと言うと。コットンシャツにジーンズ姿。ただし、かなり出来上がっているらしい男。ジャズナンバーを次から次へと甘い歌声で歌っているのだ。これが、また。
 「でー万事屋、どーする、あれ」
 「ほっとけば」
 「そろそろ若先生が切れる頃よねー」
 「ありゃまたストーカーにいそしんでるから」
 「ふーん、面白いわね」
上着脱いで、立ち上がって。彼女はままステージに。
 「おー、時間か、ミキ」
 「変わるわ」
 「頼むわ」
タッチ交代って。え。え。ここはジャズ喫茶なのだけどー…。
 「星の流れに」
ハスキーボイスでそう呟く。ベストも脱いで。歌われた声はどう見ても女性の。
 「やだあ、美紀子先生―っ」
待てよ、ここは彼女の。で、土方は。寝ていた。よりにもよって銀時の膝枕で。
 「幸せな奴…」


こんな女に誰がしたって…。そう言われてもなあ。


土方を起こせば、まんままたステージに行って…歌った歌は「奇妙な果実」だった…。なんでこいつ、こんな歌知っているのだか。続けて「恋人よ我に帰れ」に「茶色の小瓶」「ペーパームーン」「死にかけて」「あなたを愛し続けて」ときたもんだ。その間にやたらあおっていたが。が。歌い終わった途端、ステージで寝入ってしまった。
 「あのーこれ、どうしよう…」
情けなく呟くバンドのメンバー。
 「ほっときなさいよ、さー、沖田さん、坂田さん、帰ろう、もう」
さっさと引き上げる美紀子に二人は従った。
 「さてとー…ああ、着替え、屯所だった、くそめんどくせーなーもー」
 「はははは」


「ここはどこ」
土方の言葉にバンドのメンバーは溜息をついた。
 「ジャズ喫茶です。タクシー呼びましたから。もう朝です。つか、昼に近いんですけどね」
 「ええええっ」
自分の怒声に頭痛を覚えながら、土方は真っ青になっていた。
 「すまん」
なんとか出ていって屯所に戻ると。制服を着た年上の姪が門の前で立っていた。
 「としちゃーん」
 「うわははは、こええな、おい。俺、何かした、声もよく出ねえんだけど」
 「バンドの連中がね、今度のライブにも顔出して欲しいって。出来れば、しこたま、飲んだ上で」
 「げ」
 「どーしてそこまでやれるのか、あたしにはよくわかんないわ」
 「俺、何かした」
 「うふ。後で沖田さんと万事屋の旦那に聞けばいいじゃない」
聞きたくない。
 「このータラシが。あーそう言えば、これ、あそこの支払いね」
ツケておいたから。とんでもない額の領収書。
 「なんか多くないか」
 「当然よ、銀さんと沖田さんの分、入ってるもん」
 「なんで俺が」
 「オーナーには副長様が支払ってくれるって言ってあるから。気にしない気にしない」
するって。給料の四分の一がおさらばすれば。
 「あーそれ、昨日のバイトの口止め料金も入ってるから」
 「俺、ほんとに何したんだよっ」
 「知らないわよ、さあ着替えて帰ろうっと」
ええ、何したんだ、俺。解らない。ぜんぜーん解らない。

酔っぱらいの土方十四郎は別人格らしい。それが結論。後で届いたライブ録音のナンバーを聞いて血の気が引いたのは、また別の話。
 「これは絶対、俺じゃねえって。俺は自他共に認める音痴だーーーっ」←情けないって。


アルコールに反応して音痴が直るってこと、あるの?歌手に聞いたら、そんな馬鹿な、と言われた美紀子はやはり、あの男は並じゃないと認識を新たにしたのであった。