心象のはいいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の濕地
いちめんのいちめんの諂曲模様
(正午の管楽よりもしげく
琥珀のかけらがそそぐとき)
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
(風景はなみだにゆすれ)
碎ける雲の眼路をかぎり
れいらうの天の海には
聖玻璃の風が行き交ひ
ZYPRESSEN春のいちれつ
くろぐろと光素エーテルを吸ひ
その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに
(かげらふの波と白い偏光)
まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(かなしみは青々ふかく)
ZYPRESSENしづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
(まことのことばはここになく
修羅のなみだはつちにふる)
嘘だ、アンが死ぬなんて、とつぶやき、あの漁師が持っていた本を朗読してくれたのを思い出す。でも、その詩は目覚めると霧散していた。わずかの言葉さえリチャードの耳には残っていなかった。ただ、一言「まことの言葉はここになく」だけ覚えていた。何故なのか解らないけれど。
穏やかな人だと聞いた。宮廷に招かれ、色んな事をしたけれど、実際はその王にエリザベスはあまり会った事はなかった。いつも執務中で、静かで、荒立てる事もない。朝から晩まで難しい顔をして書類ばかり見つめている。執務室に行ったこともあった。
「母上はお元気ですか」
柔らかな声でそう言う。
「はい、陛下」
陛下の言葉にその王は眉をすこし動かした。
「すみませんね、それ・・・陛下という言葉、いたたまれなくて」
執務室にはエリザベスとその王しかいなかった。
「どうしてですか、あなたが気にするなんて」
あてこすりだと解っていてエリザベスの声は高くなった。
「王位は私などのような者が持っていいはずありませんから」
率直な言葉。
「末っ子の取り分で充分でしたのに・・・」
顔色が悪い。
「貴女に言うことではありませんけれど、お母様のところに行ってください」
「どうして」
「アンが・・・もうすぐ死ぬからです」
きっぱりと言った言葉にエリザベスは動揺を隠せなかった。まことの言葉は人を切り裂く。それを意識する。
「そんな」
「用済みです、アンがいないのにあなた方を引き留める理由はない」
「へ・・・えーっと、あの」
嫌だと言われた称号を省くにはどうしたらいいのだろう・・・と思う。
「さっきのは八つ当たりです。エリザベス、あなたの健康さや若さが憎らしくなっただけです」
「やつあたり・・・」
「そうですよ、私だって人間ですからね・・・ねたみも嫉妬もあります」
「・・・そんなに」
「これだけは耐えられない・・・あの子もいない、アンもいなくなる・・・一人残されるなんて・・・さっさと私を殺しに来ればいいのに、貴女の婚約者殿が」
「ヨークが負けるとおっしゃるんですか」
怒りをたたきつける。
「イングランドに平穏が来ればいいのです、ただそれだけで」
「叔父様」
「ヨークだろうとランカスターだろうとチューダーだろうとそんなことはどうでもいい・・・」
「どういう意味ですか」
「戦で親を亡くすということが姫君、どんなことか解ってらっしゃるのですか」
「・・・それは」
「父親の顔も声も知らないんですよ、私は。うすぼんやりとしか覚えていない。紙の王冠をかぶせられ晒された、兄も一緒に亡くなった。亡命生活も経験した、人質にもなった。それがどんな事か貴女にはきっと解らない」
「叔父様」
「王家の血筋やウォリックの血があるおかげで運良く生き残れましたけれどね、これが一介の騎士の子どもだったらどうなったと思うのです、エリザベス」
「解りません」
「父親のいない子どもなど飢え死にしても誰も見向きなどしませんよ、まして一介の騎士の子で末子となったらいつ捨てられても文句も言えない」
「そんな」
「それが戦というものです。私は父上が起こした戦を恨んでいます。公爵家と言えば、かなりいい暮らし出来ますしね、王位など・・・」
ぎりっと椅子の角を彼は握っていた。
「母上には申し訳なく思いますが、何故あの男が父親だったのか、今でも恨んでます」
「それも八つ当たりなのですか」
「本心です」
いつもの声に戻ってそう告げた。
「本心ですよ、私の出生こそ疑われるものにして下さればと思った事も。でも・・・他の兄弟達全員、母上に似ている・・・古い家臣に言わせると私は父上に似ているそうです、残念ながら」
「残念ながら・・・って」
「一人劣っている気持ちでいました。まさかこの年まで生きられるとも思ってなかったし」
「叔父様、意味がわかりません」
「幼い頃は身体が弱かったんです、母上も覚悟はしていたと思います、いつ死んでもおかしくない子どもだった、と」
「お祖母様が聞いたら・・・」
「ええ、きっと泣くでしょうね・・・ネッドがもっと生きていてくれたら・・・彼こそ守り手であったのに」
「ネッドって・・・」
「ああ、家族間の呼び名です、エドワードの事です、あなたの父上の」
「そう呼んでいらしたの」
「ええ・・・家族間の中で陛下と呼ぶと嫌な顔するのでね、ずっとネッドでしたよ」
「知らなかったわ」
「父親代わりでした、私はあの人がいれば・・・きっと大丈夫だと信じていましたから」
「大丈夫・・・」
「何もかも、です。王位のことも・・・家族間の事も。貴女のお母様を残念ながら、私の母上も姉上も受け入れていないことはご存じですよね」
「聞いてます」
「私はその感情は理解出来ません。多分、女性ならではの事かと思ってました」
「叔父様はお母様のこと」
「何の感情もないですね、ネッドが選んだのなら、それでいいと思いますし」
「聞いていいですか」
「どうぞ」
「弟たちはどこですか」
「・・・エドワード五世陛下は亡くなられました。ヨーク公はイタリアです」
「え」
「ペストでした。だから隔離したんです。ヨーク公も危ういところでした、王位の事で彼に聞いたところ、関心を示してくれなかった、願いを聞こうと言うと・・・」
「なんて応えたのです、叔父様、あの子は」
「俗世から離れたい・・・と」
「それじゃイタリアって・・・」
「バチカンです、そこで修道士として生きてます。まだ見習いですけれど」
「そんな・・・母には」
「伝えても構いません・・・還俗させるのは不可能ですよ、言っておきますが」
「不可能・・・」
「その方が生き残れます、ああ、母君にお伝え下さい、ホワイトタワーの入り口でお待ちしていると。明日の朝に」
「そんなすぐには・・・」
天空の詩・同人誌見本