コスモスに(宇宙・風の宮)
「兄上っ」
画面上の男の姿。それを彼は見ていた。
「間違いないのか」
「・・・確かに」
式典の最中、その人は宇宙軍総裁のそばで一言二言、何か囁いているように見えた。総裁の表情が輝くように見えた。
「殿下・・・」
総裁の美しい顔がカメラの方を向いた。微笑む。さらりとこぼれた髪、それに碧い瞳。
「出るぞ、なんとしても、この二人には死んでもらう」
「え」
「この二人を片付ければ、なんとでもなる」
「片付ける・・・」
「宇宙軍はそもそもテロ対策の軍隊だ、その総裁を暗殺出来れば、活動範囲を広げられるというものだ」
「そういうことか」
納得していいのか。出来れば、と思うが、彼は願わない。幼いながらも必死で一族を支えてきた兄の姿をずっと見つめてきていた。何時の間にか兄は騎士としても力をつけていた。そして・・・ブラックプリンス直下の騎士にして作戦参謀。
「トマスという副官も侮りがたい。お頭が人質に総裁を監禁しても構わず攻撃を仕掛けてきた。そして、奪還していった・・・何故お頭は総裁を助けたんだ、殺してしまえば良かったのに」
「何故、か」


「何故、か」
公になったお頭という男の本名。検索を彼はかけてみた。
「な・・・」
総裁によく似た、ひいてはフィリッパ妃にも似た女性の写真が出ていた。
「フローレス・エラ・・・」
傷なしのエラという通称の高級娼婦。
「母親・・・か」
その母親の経歴を知り、彼はそこで溜息をついた。
「母親が息子の前で猟銃自殺・・・」
フローレス・エラ。
「似ているだけだ」
とうの昔に見失った事。誇らしかった兄の姿、王の姿、そして・・・敬愛した王太子の姿。この世界は間違っている。彼は望まなかった。納得出来なかった。過激な思想に走った事を兄は責めるだろうか。そう思う。


宇宙に広がる星々の姿は肉眼では把握出来ない。宇宙船には星の放つ光や放射線などを映像化出来るシステムが搭載されていた。そして、重力発声装置も。だから宇宙にいても人々の筋力は衰えることはない。いくら考えても、彼のいる場所は地球上の建物の内部としか思えなかった。ここに来てから、彼は戦闘機の操作も覚えた。宇宙に広がる星々の観察や行き交う船の監視の仕方も覚えた。中世にいた頃使っていた言語ではなく、この世界の人々が使う言語も覚えた。そして知ったのは、兄の存在。
「私がスカーレットクロウにいると知ったら、兄上、あなたはどうなさいますか・・・」
その問いの答えはない。答えを聞くまでもないだろう。その答えは・・・思ったよりも早く、二人の間に顕現していた。


「どうした、その歌は」
「総裁殿下がお気に留める必要はありませんよ」
「そうかな」


Kaerikuru fune wa
Kaeru yainaya umi no nioi wo
Kabe ni azukeru
Mada konu fune wa
Kaeruya inaya
Umi no mokuzu ni
Kabeminu uchini


不思議なリズム。彼は笛を取り上げた。篠笛という東洋の笛だ。
「何なんだ」
「母の故郷の祭の旋律ですよ」
そういって彼は微笑んだ。
「祖母は変な歌詞つけて歌ってましたけどね」
「そうなのか」
「船出して戻って来た船は海の匂いを港に預けるけれど帰らない船は港も見る事もなく海の藻屑になるだろうという歌詞をつけてました」
「縁起いいのか、それは」
「早く帰って来いって願いなのでしょう、祭までには、と」
「祭、か」
「母方の故郷は多神教ですからね、そのあとすぐに山の神様のお祭りに担ぎ出されるんですよ、登山囃子に下山囃子を・・・」
「山登りながら楽器演奏か」
「ええ」
一抱えもある大きな太鼓と打ち鳴らすシンバルの様な楽器に笛。
「夏の祭は楽しみなんですよ、冬が長い、雪も沢山降る過酷な土地ですからね」
「過酷、ね」
「そう言えば、リース教授のご子息も調べてましたよ、一度会った事あります、その祭の最中に」
「あの子が」
「ええ、それが最後の夏の旅行だったらしいですけどね」
「君、何故それ」
「案内役で通訳もしましたから」
「そうか・・・」
「ハネトという祭の花形やりたがってましたけどね、お身体の弱い人でしたから」
「そうだったな」
「その後の論文で博士号取れるはずだったんですよ・・・追贈になってしまいましたけれど」
「論文か」
「最後に・・・一言が添えてありました」
「一言、か」
「どの宗教を見ても、人は幸福を祈るもの、一神教は人間のおごりが作らせた物かも知れない。多神教は野蛮だと論じる人もいるかも知れない、けれども僕は神の存在を信じます、どちらにも通じる神の存在を信じます。全ての人に平穏と幸福が訪れますように、永遠に」
「それ」
「最後の文言でしたよ、論文の。海の藻屑になってもいいかもね、と笑った顔、覚えてます」
「・・・あの子は」
「こうして宇宙にいると信じられないですね、土の匂いや草いきれのしたあの山のお社があるなんて」
「神殿、か」
「ええ」
古い木造の社の写真を彼は持っていた。
「神の存在、か」
公人である以上はそれをしめしてはいけない。見えない所で十字を切ったり、個室の片隅で密かに祈ったりもした。
「堂々と示せないのは大変だ」
「だってキリスト教徒はクリスチャン以外人間扱いしてくれなかったですからね、宗教で戦争起こすなんて当然だった、それをまた理由にしたら、生き残れなくなりますよ」
「生き残る」
「死ねと命じる神はいませんよ、殿下」
「・・・それはそうだ」
生きろ、幸せの上に。

トマスがやってきた。ブリッジに戻る為には何か仕事を片付けてきたらしい。
「どうした」
「スカーレットクロウの残存組織がある模様です」
「あれの、か」
「はい。商船からの噂です。横流しをむやみに買いあさる一派があると報告がありました。ただ、商人が護衛のために買い付けている可能性も否定出来ませんが」
「引き続き、調査を」
「しています」
「他は」
「ワープゲートについて、ですが・・・」
まだ報告はあるらしい。トマスの報告を聞いている横でも、あの男は笛を吹いていた。
「あーくそ、また突っかえた」
どこをミスしたのか気付かなかった総裁はトマスの顔を見てみた。
「私にも解りませんよ、東洋の音楽は」
「・・・祭のだそうだ、と言う事は神事か」
「そうですよ、殿下」
笛の吹き手である彼がそう返事していた。
「どの神の」
「星々の神の、です」
星祭りの変遷の果ての祭だと言う。帰らない船。あの時も帰らない船は何隻もあった。テロリスト達の船も、そして宇宙軍の船も。宇宙の塵となって消え失せた命を総裁は惜しむ。生きろ、と命じる。その命令は誰からのものなのか、解らない。けれど、生きろ、と。
「ねえ、その笛やめてよう」
女性通信兵の一人がそう言った。
「仕方ないだろ、サクラ、俺だって好きで吹いてるんじゃねえよ」
「今年、当番で跳ねられなかったのにーーー、あー悔しい」
「なんだ、休み取れなかったのか」
「うん、聞いてるとかけ声、だしそうよ」
二人のやりとりを聞いていたトマスが苦笑していた。
「どんなかけ声、牧野少尉」
サクラの本名は牧野サクラという。トマスは官位と名字で呼んだ。
「えー・・・副官殿に聞かせるようなモノじゃないですよ」
「そうかな」
「笛なしでリズム取るからさ、やってみね」
先ほどの彼がそう言った。
「もー」
独特のリズムを彼が机を叩きながら示した。
「あーもー知らない」
ラッセラーラッセラーラッセラッセラッセラー

彼女の歌う声が聞こえた。
「あれ、これも波の音、ですね・・・」
「ああ、そうか、泡盛の・・・カチャーシーとか聞いているのね、副官様も」
「半分酔っていて記憶がないけどね」
苦笑しているトマス。
「蒸留酒でしょ、泡盛って。生で召し上がって・・・」
「はははは」
「危険だわね」
「そうですね」
苦笑しているトマスの横顔を総裁は見つめていた。幸せそうに見える彼。笑顔で部下達とやりとりしている。これでいいのだ、と思う総裁だった。


「どうした、ぼけっとして」
白薔薇亭の料理長がオーナーに声をかけた。
「んーいや、そろそろ殿下」
「アーそう言えば、最近は」
来ていないな、と呟く。何時の間にかアンは白薔薇亭を離れていたが、二人は気にかけるヒマもあまりなかった。
「忙しかったなー、今日も」
「そうだなあ・・・」
やっと昼休み。賄いを出して料理長が庭を見た。
「庭も手入れ入れるか」
「そうだな・・・」
庭師に頼んで、庭を整理する。秋の仕事だ。そんな時にアルデモード夫人から連絡が入った。本人もやって来ていた。
「何なんだよ」
「嫌な情報を持ってきたのよ」
「何か」
「スカーレットクロウの生き残りがいるらしいわ」
「なっ・・・」
「どこにいるか解らないから警戒しておいてね、あなたたち二人は宇宙軍に組み込まれているんだから、はい、これがそのデータよ」
渡されたのはアナログにも紙のファイルだった。
「やれやれ・・・」
「また宇宙船で艦隊戦は勘弁してくれよ」
夫人は笑っていた。
「それは無理ね。とりあえず連絡後、二か月、休めないかしら、ここ」
「つまり…」
「手が足りないのよ、解るでしょ」
「また巡洋艦ヨークか」
「整備はしてあるわ。戦闘機も。今度は分裂しないでよ、二か月で間に合わなければ、当分ここも」
「ありえるのか」
「ありえるわ」
「そんなに残っていたとはな」
料理長が言う。
「商船に紛れていたのが、一部見つかったの。尋問重ねてその三隻だけじゃ済まなかった」
「つまり」
「想定していた十倍は残っていた。旧式の船舶で三十隻以上、民間の自衛団に払い下げになった筈の戦闘機が丸ごと消えているわ」
「そんなに」
「フォレストの他にもリーダーがいたって事だわ」
「解った、支度はしておくよ」
オーナーがそう返事した。
「ベシーにも出てもらうわよ。アンは妊娠しているから今のところ無理なのよ」
「初耳だっ」
料理長が叫んでいた。
「うちの弟の子よ」
「あいつの、か…」
「そういうこと」
アルデモード夫人はそれ以上は話さなかった。そして、告げた。
「時間が来たら、知らせるわ」
「解った」

宇宙軍の参謀長の個室。幹部が集まっていた。
「スカーレットクロウの残存部隊について、だが…」
参謀長が資料を片手に話し出した。
「そうか…あれがまだ…あるのか」
総裁はそう言って資料に目を通し始めた。
「あの子が教えてくれたあの歌人の…」
「殿下…」
「フォレストの副官の位置にいた男はまだ生きていたな、どこにいる」
「この船に」
「ここへ」
「殿下」
「大丈夫だ」
参謀長と旗艦艦長が一度席を外し、その男を連れて来た。
「久しぶりだな」
「まだ処刑もせずに生かしとくとはどういうことだ」
「残存部隊が見つかった」
「馬鹿な奴らだ」
「おまえ…」
「俺はフォレストにくっついてただけだ、そんなはっきりした思想を持っていたわけじゃない」
「聞かせてもらおうか、残存部隊の事じゃない、私に何故、あの男は山家集を託した」
「読めない書物に閉口したか、総裁殿下様は」
「弟分のような学生があの男がマーキングしておいた歌、全て訳してくれたよ、あの本には家人の歌が全て載っていた」
「な…」
「不思議な男だ、なにごとのおはしますをば しらねども、かたじけなさに涙こぼるる…あくがれるこころはさても…」
「あんた…」
「彼らが人間であることも知っている。それでも、だ…私はやらねばならぬ」
「なら言う事はないよ、総裁殿」
「奴らはフォレストを理解していたのか」
「してないと思うぜ、アンタ程には」
「…そうか。ならば仕方あるまい。下がらせろ」
「はい、殿下」
ぎゅっと握りしめた拳の、噛みしめた唇に感じる苦みを、誰が理解してくれようか、と総裁は思う。人間の苦みを感じる。それをトマスが見ていた。
「殿下」
「すまない、気にするな」
「いいえ」
トマスの返事。穏やかな微笑み。その微笑みが近くにある。それだけで安心する。それだけで、リラックスする。それを彼は知っているのか、解らないけれど。
「どうかなさいましたか」
ふわりと首を横に振る。何と言ったら、彼に伝わるのか解らなくなって、総裁は黙っていた。

あくがるる心はさても 山桜
散りなむ後や 身にかえるべき

想いはどこへ行くのだろう、トマスはそう思った。消えていったあの優しいテロリストはきっと自分と同じようにこの人を愛したに違いない。最後は愛する人の幸せを祈る、それが愛というものの本質なのだろう。それに気付いてトマスは一度、俯いた。即座に顔を上げ、トマスにとっての「花」である人を見つめ直す。

憧れる心は山桜のように散ってしまった後でも、その面影はこの身に帰ってきてくれるのだろうか…。

命なりけり、小夜の中山。

越えてきた人生の峠をもう一度、この人と歩み直す。けれど、その前にトマスには残酷な運命が待っていた。


「商船の報告ではこの近辺だと聞いたのだが、気付かれたかな」
「そうかも知れませんね」
通信兵の方を総裁は見た。
「巡洋艦ヨークから連絡です」
「繋いでくれ」
「はい」
「こちらヨーク、殿下、お久しぶりです。至急こちらまで旗艦艦隊をワープさせて下さい。この艦隊では足りません。こちらの戦闘機、半数失われました。大至急お願い…」
「座れって言ってるだろ、バカっ」
料理長の声が聞こえた。
「頼みます、殿下っ」
ぶつっと通信が切れた。

「ヨークの位置、解るか」
「はい、位置確認取れました、ワープゲートより飛びます」
「臨戦態勢をとれ、そのままワープだ」
「了解」
基幹艦隊に緊張が走る。
「間に合ってくれ…」
まさか予備役の巡洋艦を狙うとは思わなかった。詰めが甘かった、と参謀長が悔しがる。
「ジョン、それ以上言うな。こちらの情報はどこまで渡っているんだ、奴らには」
「殿下…通常の政府発表以上の事は機密になっておりますから」
「夫人もヨークか」
「いえ、あの御方はタカサキに」
トマスの返事。
「そうか」
「分散して索敵中とのことです。つまり予備役総動員した結果です」
「解っている」
それでも見つからなかったのが、よりによって予備役のヨークに、とは思わなかった。

「ヨークの明確な位置、判明しました、救助艇発進しました、殿下」
「よかろう、オーナーは無事か」
「それは解りません」
通信兵がそう返事していた。捜索段階で見つかったのは、エンジンにトラブルを起こしたまま、停止状態の巡洋艦ヨークの姿だった。
「トマス」
「はい」
「見に行ってきてくれ」
「かしこまりました」
ブリッジから出ていく副官を静かに見送った。参謀長が顔を向けてきた。
「どうしてですか」
「私が見に行きたいと言ったら、出すか、おまえ」
「出しませんね」
「だから、だ。彼なら見極めてきてくれる、それと危機回避も出来るはずだ」
「確かに、トマス殿なら出来ますね」
艦長のラヴェルが静かに艦長席に座ったまま、そう告げていた。
「艦長」
「はい」
「君には頼めない」
「承知しております。殿下」
旗艦内の司令をラヴェルは出していた。
「ヨークのパイロット、大半は収容出来ました。負傷についての報告はまだです。戦死者の概数も出ていますが、殿下」
「何割だ」
「パイロットの二割が戦死しております。生体反応から判断した結果ですが」
「そうか」
「今の所の報告は以上です」
「解った」
総裁専門の席に腰を下ろしたまま、総裁は手を組んでいた。それを解くと頬杖をついた。考え事をしているように見える。
「スカーレットクロウ、か」
報告書をタブレットで開いてみた。
「厄介な組織だな…」
あの死んでしまったフォレスト以外にもリーダー格の者がいる。残存していたテロリスト達の数を実際よりも少なく見積もってしまった事実に苛つきを覚える。
「希望的観測か」
「危機意識、危機管理にはどうしてもそれが、希望的観測というものが働いてしまいます、それが人間というものですよ、殿下」
ラヴェル艦長がそう言った。
「危機管理、か」
「二十世紀の警察組織の人間の言葉ですが、最低の、想定外かと思う程の事態を想定した上で用意するのが危機管理というものだそうです」
「なるほど…まあ、気付いてないわけじゃないが…」
「気付きたくないと言うのが心情ですね、殿下」
参謀長がそう言った。
「甘かったのは仕方ない」
そこでトマスから連絡が入った。

「どうだった」
「お二人とも御無事ですよ、罵り合いの大喧嘩しておりますが」
「は」
「止めないのか」
「そのうち静かになりますよ、ほっときます」
トマスが苦笑してそう告げた。トマスの後ろでギャーギャー言っていた二人が何時の間にか静かになっていた。
「すみません、殿下」
「いいよ、悪いけど…そうだね、料理長、君がトマスと旗艦に来てくれないか」
「解りました」
ネヴィル料理長がそう返事していた。


旗艦にやってきた料理長、リチャード・ネヴィルはどことなく疲れた顔をしていた。
「そんなに見知った訳じゃないが、部下を亡くすのはこたえるな」
「部下、か」
「あの頃はおごり高ぶった貴族だったからな、部下から見れば鼻持ちならなかったろうと思う」
「料理長」
「ネヴィル中佐ですよ、殿下」
「そうだったな、宇宙軍では。それで、あなたの肌感覚ではどう感じた」
「時間移民の何人かが参加している気がする。傍聴した通話のなかに…古典英語の訛りがあった」
「ホントか」
「十四世紀くらいかな、あの訛りは。ノルマンフレンチの…感じがしたな」
「ノルマンフレンチ…」
それは総裁自身と同じ世代だと言う事…。そして、貴族であるという事。
「貴族と言っても何人もいる…」
「記録媒体の起動が出来ればいいのですがね、ヨークの様子から考えても…無理かと」
「そうか、解った…トマスはこちらに戻っていないが」
「補佐しておりますよ、あいつの。巡洋艦ヨークのメインエンジンは…そうですね、整備士を貸して下さい、ヨークの人員では限度が」
「解った、ラヴェル、用意を」
「了解」
司令を出すラヴェル艦長の横顔。ミドラムの城で養育していた頃の面影を見出し、ネヴィル料理長は何とも言えない顔をした。
「不思議だな…」
「何か」
「ラヴェルですよ、城で養育していた頃が急に懐かしくなった」
「勘弁して下さい、閣下」
ラヴェル艦長がそう言った。
「まあ、懐かしくなっただけだ、気にするな」
「はい」
ラヴェル艦長は自分の机の上にある写真立てをすっと撫でていた。
「あーちんちくりんか」
「閣下」
苦笑混じりでラヴェルが呼ぶ。
「嫌か」
「いいえ、変わらずのご様子で嬉しく思いますよ」
もういない、最愛の「ちんちくりん」を二人は思い出していた。
「料理…ああ、ネヴィル中佐、すまないが、暫く旗艦に滞在していてくれ」
総裁の言葉に彼は頷いた。
「ヨークの方は旗艦を使って曳航するしかないかも知れません」
「そんなに状態が思わしくないのか」
「はい」


「トマス、ヨークの様子はどうだ」
ヨークのブリッジに通信を送ってみた。
「思わしくありません、曳航して基地まで運びましょう、そこで修理を」
「解った」
料理長、ネヴィル中佐がそのやりとりの合間に告げた。
「エンジンの心臓部がやられています、爆発しなかっただけでも運が良かったとしか言い様がない、そんな調子なのですよ、殿下」
「そうか…艦長、技師を半数、ヨークへ行くように指示してくれ」
「はい」
タブレット操作をして、司令する艦長の横顔。
「もう一度、状況確認報告をしてくれ、トマス」
通信ツールから呼びかけた。
「はい、殿下」
「パイロットの死因についてですが…」
「何かあったのか」
「救助艇を狙い撃ちされた事によるものです」
「そこまで卑怯だったか」
「殿下」
「ここは、この世界は…もっと人道的だと信じていたが、それはやはり」
「希望的観測なんて思いたくはありません」
「トマス…」
「人を疑うのは簡単ですよ、殿下」
「そうだな…」
自分のタブレットを取り上げて、フォレストが教えてくれた短い詩を読み返す。気晴らしがしたかったのだ。ただ、何となく。

命なりけり、小夜の中山。

あくがるる
こころはさても
やまざくら
ちりなむのちや
みにかへるべき

ふと、もういないあのテロリストの声が何かを囁いたように思えた。ただ、それは異国の言葉で理解出来なかった。
「あくがるる?」
異国の言葉のまま口にすると女性通信兵のかの牧野サクラが気付いて振り向いた。
「殿下、確か…年長けて…小夜の中山の歌、ご存じでしたよね」
「そうだが…」
「西行の恋歌ですよ、それ。憧れ、恋い慕う心は山桜のように散ってしまった後は我が身に返ってくるべきもの…」
「身にかえる…恋心が…」
「西行の恋は実ってはならぬものでしたから」
「何故」
「俗説ですけれど…帝の寵姫に恋したらしいと、それも親子ほど年の離れた美貌の后に」
「后…に」
「禁断の恋。そうとしか思えない歌ばかり残しています、彼は。そうそう容姿は端麗だったそうですよ、西行は」
「美貌…ね」
「西行を知っているなんて…どういうのでしょう…でも、殿下…」
「解っている」
私は山桜ではない。桜にも薔薇にも例えられるような者ではない、そう総裁は呟いていた。トマスが戻っていた。
「殿下…何か」
「あの子が残してくれた本は…データになってここに入ってるのだが」
タブレットを示す。
「読めないな、と思った」
「あなたが気になさることはございませんよ」
「では、個人的なことだが、この歌をどう思う、トマス」
タブレットにある歌をトマスに見せてみた。
「心情的には理解出来ます…いい歌だと思いますよ」
途端に気恥ずかしくなった。トマスの瞳から顔をそらした。解っている、この男にとって…自分は…。
「報告を続けます、殿下、よろしいですか」
「頼む」
気晴らしはここまでだ、仕事に頭を切り換える。料理長ことネヴィル中佐がくすりと笑った。
「殿下」
「ん」
「私も気晴らししてきます」
「え」
「昼食、作って来ます。せっかく調べた料理、やってみたくなりましてね、厨房借りますよ」
「ああ、構わないが」

居住区の食堂。
「おみくじ御殿がここにお引っ越し…」
「可能性はあるが…いい香りだな、魚介類のスープ…」
「和食ですが」
「まさか」
「フォークは用意してありますよ、殿下」
くすっとトマスが笑った。それも波のような細工が施されたフォークだ。箸が用意されていたが、総裁はその箸を溜息をついて見ていた。
「で、これは何というんだ」
「ナガサキのパスタ料理で、ちゃんぽんというものです」
「ほー…」
「辛くない」
トマスの反応に料理長は苦笑していた。
「たまにはスパイシーじゃないものくらい作りますよ」
「これは…」
「季節毎に具材が変わるとかで…日変わりランチに組み込む予定です、あいつにも、あれ、食べさせた事ないな、コレ。ちんちくりんにはよく作ってやったが」
「え」
「おみくじ御殿作る前に試しに作った事がありましてね。あまり辛みの強いのはと思って…」
「ちんちくりん…」
「リースのあの子ですよ」
「君は…」
「今頃思い出すなんて思いませんでしたけれどね」
「あの子がいてくれたらいいのに」
総裁がふと、口にしていた。
「殿下」
「君には言えるけど、オーナー殿には言えない、この言葉は」
「それは解ります」
泣かせてしまう気がするから、と苦笑してみた。
「大丈夫ですよ、あのバカも弱い人間じゃありませんから」
「彼を信じている…」
「当然ですよ」
こんな料理長の微笑をあの気の毒なオーナーは知らない。この微笑を受け取っていいものか、と総裁は戸惑う。それを察したのか、料理長はこんなことを言ってきた。
「殿下の知らないトマス殿の顔を私が知っているというのはどうですか」
「あるだろうな」
「それでいいと思いますよ」
食べ終わった食器を片付けながら、料理長は何かの歌を低く口ずさんでいた。
「それは」
「オペラのアリアです」
「歌詞が」
「破滅の武器を作ってしまった男の苦悩の歌だと聞いてます。何故だか急に思い出しました、ちんちくりんが調べていた…」
「神の詩…の…インドラの雷…?」
「聞かないで下さい、強いて言うならば…この旗艦の特殊主砲のようなものです」
「ああ、出来れば使いたくないな、アレは」
使ってしまった人が肩をひそめていた。
「使うか使わないか…悩まなかったかというと嘘になりますよ」
「トマス」
「一人の命か、それとも…私も人でなしなのですよ」
「それは軍人の性です」
料理長はそう応えていた。
「行きすぎないように留意するしかあるまいよ」
総裁が告げていた。それはいつでも変わらない人の歴史。


曳航されたヨークの損傷は思ったよりもひどかった。
「よくぞ爆発せずに済んだものですよ」
基地の整備士の長がそう告げた。
「そうか」
「エンジン停止の時期を見誤らなかった事が一因です。この船を率いていたのは…確か白薔薇亭の」
「オーナーで、予備役なのだが」
「艦長の判断ではないと艦長自身が報告してきましたよ」
「で、オーナーは」
「あちらの部屋で報告書を作成しています」
指さす扉。

その部屋に入ると白薔薇亭のオーナー、料理長が机に座り、タブレットを操作していた。3Dモニターが空中に浮かんでいる。巡洋艦ヨークを中心に写し出された戦闘。
「ここで、これが入り込んで来た…」
「この船は」
「残存していたテロリストたちの船の中で一番動きがいい。指導者がいいんだろうな」
「傍受したところ、副官の言葉にノルマンフレンチの訛りがあった」
料理長の言葉に総裁は目を見張った。
「ノルマンフレンチ…ということは、私と同じ時期の時間移民か…」
飛び交う戦闘機、動き回る宇宙船。
「この戦闘機…」
「ソレですよ、殿下。それが副官クラスの、かのノルマンフレンチの訛りのある男が操る戦闘機です。巡洋艦ヨーク左舷の軽巡洋艦を行動不能にし、ヨークのエンジンに不調をきたす損傷を与えた…恐ろしい能力ですが…戦闘機の旋回のクセが…」
「何か」
「何となくなんですが、トマス殿に似ている気がするのです」
「トマスに…」
「気のせいだといいのですが…トマス殿には味わわせたくはありませんね、肉親との対立なんて」
「オーナー」
「ジョージとはそういう対立関係でしたから」
「…オーナー」
「今はもう…どうでもいいことですが」
またモニターを見つめる。
「これを報告とします」
「解った」
3D映像の報告書を白薔薇亭のオーナーを示していた。
「便利だな」
「戦史データを読み込めば…ここに殿下の初陣であるクレシー戦役も私が戦ったテュークスベリーも映し出せますよ。そしてあの子が散ったボズワースも」
「知ってはいたが見たいとは思わないな」
「バーネットも、な」
料理長がそう付け加えていた。
「言うなよ、リチャード」
「勝ったのにやけに嫌がるな」
「失った物が多すぎたんだ」
「俺はここにいるぞ」
オーナーはそこで料理長の顔を見た。
「そうだな、ここにいるな…」
料理長の腕にオーナーが触れていた。握りしめてもいた。
「大丈夫だ」
「うん」
その様子に総裁は黙って二人を見ていた。
「トマスにも見せないと」
「私達が感じた事は内密に」
「そうする…」
トマスには、はっきりした、歴然とした事実以外告げたくはなかった。きっと彼には解ってしまうかも知れないと、察してしまうかも知れないと危ぶんではいたが。


「お父様」
宇宙軍旗艦・ノワール・アキテーヌ号の中にある白薔薇亭のオーナーに与えられた部屋。その部屋にパイロットスーツのままの女性が入って来ていた。
「おまえな」
「ダーリンなら許可くれたわよ」
「まあ、彼が出るよりはおまえの方が使えるけどな」
「報告するわ、救命ポッドと救助艇は全て収容完了したわ」
「負傷者は」
「医療専用の救助艇に収容したわ。みんな疲労困憊しているの、解っているわよね」
「解った、休憩を取るよう指示してくれ」
「はい」
「ベシー」
「なあに」
「暫くヨークの戦闘員をおまえに預けるけど、いいか」
「いいわよ」
ふわっと微笑んで彼女はその部屋から去っていった。
「また娘にやらせるのか、おまえは」
「やるって言うんだもん」
「まあ、いいけどな…アンが普通の身体だったら良かったんだが」
「前の時代ではみんなしおらしかったのに…」
「…おまえ、女に夢見過ぎだぞ」
料理長がそう言って笑っていた。
「そうかな」
「ここでは自由だ。それにアルデモード夫人の例もある」
「そうは言っても…」
「ここでは女も男もない。人間としてやるべき事をやる。そういう世界だ」
「それはそうなんだが」
「納得しろ。おまえ、またアルデモード夫人にこき使われるぞ、と言うかこき使われるのが好きだったな、いつからドMになった」
「…まったく、碌な事言わないな」
「ベシーがやるってのが」
「やらせておけ。アレが男だったら、苦労はしなかったとちんちくりんがぼやいてたぞ。今なら関係ないからな」
「リシィが、そんなこと」
「ベシーに王位を譲るつもりだったらしい」
「それは」
「王になるのに性別は関係ない。そうも言ってた」
「なんであいつが長男じゃなかったんだろう…」
「今更言うな。お、ラヴェル、何かあったか」
旗艦の艦長であるラヴェルが入って来ていた。
「殿下がかつての部下の…何人か、ピックアップ開始してます」
「あの報告で、でか。馬鹿な、ノルマンフレンチを使いこなしていたのはもう一人のリチャード王以降もいたはずだぞ。宮中での言語を英語に切り替えたのは、ちんちくりんからだろう」
「そうなんですが…ランカスターの頃の貴族達の何人か来ていることは間違いありませんが、ほとんどが夭折した者が多く、成人した者は少ない…数が限られている…だから余計に」
「旋回のクセも伝わっているんだよな」
「はい」
「やめさせろ、フランシー、トマス殿に勘づかれては…元もこうもない」
「閣下」
「無理だって顔はするな、フランシー、オックスフォードの彼も使えるだろうが」
「やってみます」
ラヴェルが去っていく。
「リチャード」
「邪魔しているかも知れん。老婆心かも知れん。ただ、今は…」
「必要以上の情報は戦意に関わるな」
「任務はスカーレットクロウの壊滅だ」
「厄介だな」
「いつまでたっても人間はバカなんだよ、諦めろ」
「そんなの知ってる」
「だったらその顔やめろ、一般市民の顔はするな。おまえ、またリーダーなんだぞ」
「解ってるよ、ああ、リチャード」
「何だ」
「おまえがいてくれて良かった」
「そうか」
ネヴィルの男は苦笑しながら、報告書を見返していた。
「ヨークが使えないとなると、総裁殿下は何を寄こすかな」
「…やはり使われるのか」
「当然だろ」


三か月後。まだ解決には程遠かった。
「レスターか」
巡洋艦レスター。精鋭部隊もいる。ヨークの乗組員とは違って白薔薇亭の二人とは馴染みが薄かった。唯一馴染みがあるのは、登載された戦闘機のエースパイロットの六人だけだった。
「やってくれるよな」
「百年戦争の英雄様はタダモノじゃないって事か」
二人の会話をブリッジの乗組員が笑って見ていた。
「ご活躍は聞いております、マーチ中佐」
「よろしく」
「艦長を務めてはいますが、この部隊の指揮は中佐がお取り下さい」
「げ」
「総裁殿下のご命令です」
「解った」
「捜査状況の報告を」
「これに」
タブレットを士官は差し出して来た。
「ありがとう」
開いてみる。基幹艦隊と暫く行動を共にする事になっていた。
「なるほどね…ノワールアキテーヌ号艦長に連絡を」
「はい」
そうしてラヴェルが通信パネルに顔を出してきた。
「何か、四世陛下」
「それはやめろ、ラヴェル…」
「先ほどの件はどうなった」
「はい、何とか止められました。参謀長が猛反対いたしましたので」
「ならいい。その後の指示はよろしく頼んだぞ」
「はい、閣下」
ちょっと待て、おまえの方が身分上だろうと料理長が言ったが、ラヴェルは無理だと笑うだけだった。


「私に隠し事してませんか、殿下」
「してる。今は聞くな。それで納得…するわけないな」
「いたしませんよ、殿下」
「そうだろうな…トマス」
「何でしょう」
「白薔薇亭のオーナーもラヴェルも…料理長殿もおまえに伝えることに反対している」
「殿下」
「参謀長も医局長も、だ」
「解りました、一度は引き下がりましょう」
トマスはそう言った。
「一度は、か」
「ええ、一度は。お歴々の思惑を尊重いたします」
「おまえ、な…」
無理だな、と思う。この頑固さには頭が下がる思いだ。
「いいだろう、一度は、で」
ラヴェル艦長が顔を上げ、二人の方に向き直っていた。
「殿下」
「言うな、艦長。こうなるとトマスも引き下がらないんだ」
「解りました、四世陛下に話しますよ」
「艦長、それは」
トマスがそう言いかけた。
「報告します。この後の事はトマス殿ご自身でご説明下さい」
「了解した、艦長」
どこか、仕方なさそうにトマスは肩をすくめていた。


見本にしては長すぎたのでカットしました。以降は同人誌に。