アゲハ蝶・朱鷺の原野
「あれま、お嬢ちゃん、今日は一人かい」
気っ風のいい女将の声にいつもの反論を彼は口にした。
「私は一応男だよ」
「酔っ払うと返事するくせに」
「しないと叩き出すって女将がわめくからじゃないかっ」
「はい、いつもの」
女将がお通しを差し出すと彼はカウンターの一席に腰を下ろした。
「ありがとう、ところで依頼は」
「あるよ、アレ」
指し示されたのは奥の止まり木に止まっている番の鳥。
「綺麗な鳥だな、これを何だって」
「住んでた原野に解き放って欲しいってさ」
「トマスは」
「断りたいと言ってたよ」
「どうして」
「さあてね・・・理由はとっつかまえてきくんだね、亭主に」
「それが・・・どこに行ったか解らないんだ」
「ああ、やっこさんのいつもの店かね」
「多分ね」
「聞いてないのかい」
「そこまで聞いたら、トマスの自由がなくなる」
「そらそうだ」
ふぁさりと黒い髪を彼はかき上げた。印象的な青い瞳が戸棚の酒瓶を見つめていた。
「今日はダメだよ、依頼あるんだからね」
「こなさないと」
「叩き出すよ」
「はいはい、大家さん、言う通りにいたしますよ」
「ハイ、データはこちら」
渡されたタブレットを彼は操作する。
「ニッポニア・ニッポン・・・現地名は朱鷺」
「ラテン語名をつけた土地では二十一世紀初頭に絶滅」
「で、これ・・・」
「その最後の番だよ、これらを望む土地に連れて行って欲しいとさ」
「ああ、そう・・・それってタイムリープも」
「しかねないね」
「何か気が進まないなあ・・・」
「仕方ないですよ、殿下」
遅れて店に入って来た男の言葉に、彼は溜息をついた。
「聞いてみてくれ、トマス」
「こんな余分な能力誰が・・・」
「そんなに嫌なのか、その能力」
「仕方ないでしょう、死に様の顔見たくない者もいますからね」
「それはそうだけど・・・」
トマスという男には特殊能力がある。前にいた場所では普通の人間だったはずだ。特権階級ではあったけれど。時間移民する際にちょっとしたマシントラブルで身についた能力だ。死者の姿を見てその声を聞くことが出来るというものだが、直に見聞きするのではなく、媒体を介してのものだ。それは物質だったり、生を有する者だったり、血縁者、他、縁の人物だったりする。媒体が不安定だと見聞はおろそかになるらしいが。
「この鳥に関わった者は沈黙を守ってますよ」
「では、無理か」
「名前だけ、教えてくれました」
「そうか」
「オスをミドリ、メスはキン、キンチャンと呼ばれていたそうです。メスの方が年上ですね」
「はあ・・・それだけか」
「殿下の事、気に入ったみたいですよ、この鳥」
「ちょっ、ちょっと待て、うちにはリョコウバトのマーサもいるんだぞ、これ以上絶滅の」
「中国ならこの鳥いますよ」
「ああ、じゃあ、そっちに行ってみよう」
女将は笑っていた。
「メイン、いくかい」
「ああ、頼む。それから遅れたけど、今月分」
封筒を彼は差し出した。
「あいよ」
場末の酒場に見えるが、この女将はこのビルのオーナーでもある。三十階建ての高層ビルディングには居酒屋・レストラン・喫茶店などのテナントがあり、上階はアパートメントになっている。この二人組はその最上階に住む住人でもある。
「もっといい就職口あったんじゃないかね」
「さてね。この暮らしも悪くはないよ、まあ、ここに来たのはかなり不本意だったけれどね」
「そうか、アンタも研究対象者だったね」
「女将」
「アタシは女帝だったのさ。でかい帝国だったけどね、あっという間に滅んでしまったよ」
「滅んだ・・・」
「皇帝に近いものは全員、戦没したようなもんさ」
「そうか」
「王朝の代替わり激しかったからね、アタシの生まれたところは」
「女帝ね」
「権力ふるった自覚はあるよ、研究者たちの尋問にブチ切れて逃亡して、このざまさ」
「やれやれ・・・こんな場末で高層ビルオーナーになるなんて、タダモノじゃないね、女将」
「お節介なだけだよ、それより、あの小難しい看板、ナントカしなさいよ」
「それはダメ」
「読めないってみんな言ってるんだけど」
「文句があるなら父上に言って」
「それは・・・どうかねえ・・・」
苦笑している女将はメインディッシュを差し出した。
「なんて料理、これ」
「ああ、ボルシチ。ロシアの料理だよ」
「女将のとこの板長は本当に変わっているね」
「ありゃまともな男だよ」
「ここの住人にしては、だな」
「そういうこと」
「統合政府の連中はなんて言ってるんだ、女将」
「ここには手出しはしないよ、奴らにしてみれば、はみ出し者に関わっているヒマないからね」
「絶滅種について、だよ」
「それもここでは無関係を通すさ」
「解った、明日、行ってみる、朱鷺の原野に」
「頼んだよ」
彼の横でトマスという名の男は黙って料理を口にしていた。が、フォーク、スプーンを置くと話しかけてきた。
「そうだ、殿下、動物の気持ちがわかる男がルチアの店に明日来るそうですよ」
「そうか、コンタクト取れるようにしてくれ、トマス」
「解りました」
「その殿下、というのもいい加減にしたらどうかね」
女将が言う。
「無理だよ、トマスは硬いんだ」
そう言って頬杖をつくと、誰かが近寄ってきていた。
「よお、お嬢ちゃん、頼み事あるんだけど、いいかい」
二メートルはあるかと思う様な大男が話しかけてきた。
「条件によるよ」
「黒曜石と翡翠を取ってきて欲しいんだよ、細工屋からの依頼だ」
「ああ、朱鷺のついでに寄れるかも知れないけど・・・品質は」
「適当でいい」
「じゃあ、私の見た目で、いいかな」
「それなら特上だね、前払いだ、ここに置いておくよ」
封筒を大男は置いて行った。
「リアンダ」
「よお、トマス」
「他に何かあったんじゃないのか」
トマスが言う。
「あったよ、でも、その朱鷺の案件の後でいい。急ぎじゃないんだ」
リアンダというのがこの大男の名前だった。
「細工屋の親父からだろ」
「大当たり、さすがだね」
大男、リアンダは去っていった。通称・お嬢ちゃん、あるいは殿下。そう呼ばれるが、その黒髪の男は意外な過去を持っていた。が、女将以外その過去は知らない。トマスはその過去の頃からの知り合いだ。お嬢ちゃんというのは、柔らかな美貌のせいだ。少年の様な少女の様な美しさ。が、彼は過去からの時間移民だ。見かけの年齢よりも実際はかなり年上だ。彼は過去を公にしたいとは思っていない。時間移民と言っても無理に連れて来られたもので、彼には不本意なものだった。だからその機関から逃走し、この街に落ち着いたのだ。


彼とトマスは部屋に戻った。二羽の朱鷺もついてきた。命じた訳でもなく、彼らはついてきた。
「ただいま」
そう声をかける。鳥かごの中の美しい鳩はすでに眠っていた。マーサ。餌の状態を見る。マーサは人工の餌に慣れてしまっていた。本来なら違うのに、と彼は思うが、仕方ない。朱鷺の餌はトマスが預かってきた。ドジョウやタニシを好むと言うが。
「マーサは明日行くかな」
「きっと着いて来ちゃいますよ」
「だよな」
寝室へ彼は入って行く。トマスはもう一度、ついてきた朱鷺に視線を送った。朱鷺は止まり木代わりのタペストリー用の横棒に止まっていた。そのまま、うずくまるような姿勢で動かなくなった。多分、眠りについたのだろう。仕方なく、トマスは自分の部屋へ入って行った。

二人の住む場所は実は三十階建てのこのビルの最上階の三十階のフロア全面だ。寝室は二部屋以上、応接間、そして事務所代わりの部屋。「萬相談事承り候」、という東洋の文字とラテン語のある言葉、何でも屋と書かれた五各語の横文字等が書かれた看板が彼らの住むフロアの出入り口の上に貼ってある。そして、それと同じような文句が下の居酒屋の壁にある。受付はもっぱら下の居酒屋の女将が担当していた。二人とも自ら先に立って商売をするような気概はあまりなかった。

違法地帯。そういう名前が付いてはいるが、ただ統合政府から目こぼしされているだけだ。下手に出てテロリスト増産されてはかなわない。それが統合政府の言い分で、時間移民の中で管理されることを嫌った者達が集まっていても知らぬふりを通すのが平穏だと言うだけだ。いざとなれば、軍事組織が出て来るかも知れない。だが、それさえも統合政府はしなかった。仕方なく、違法地帯に住む住人達は自衛軍を組織していた。自衛軍には二人とも参加はしているが、目立って出ていこうとはしていない。元の身分を彼らは隠している。女将は知っているが。殿下という通称で、何となく察している者はいるが。

朝食も二人は下の女将の元で摂ることが多かった。
「朱鷺の様子はどうだい」
「大人しいよ、マシンの貸し出しは、どうかな」
「順番待ちと、それからまた逃亡者が来ている。三階のナースセンターで預かっているけどね・・・」
「それも、まさかと思うけど」
「依頼だね」
「あーやっぱり」
彼は天井を仰いだ。
「エディ」
女将は他の客がいない朝や昼には彼の名前を呼ぶ。略称だが。
「ルチアの店に寄ってからにするよ、気持ちを聞いてからじゃないとね」
「そりゃそうだがねえ・・・マーサの時もかなりトラブったじゃないか」
「マーサは仕方ないよ、でもあの二羽には仲間がいる」
「過去に連れて行くのは賛成できないね」
「あ、やっぱり」
「アジア、東アジアの孤島がいいね、ただし、人が全然いない島では無理だね」
「デリケートなんだな」
「どうだろうね」
「何故、こっちに連れて来たんだろう」
「最後の二羽だからだよ」
「解き放ってくれと依頼してきたのは」
「キンを世話していた老人」
「解った・・・おおよその様子はわかったよ」
トマスが朱鷺を連れて現れた。
「おまえ、先に行ってたのか」
「ええ。ルチアの店には午後だそうですよ」
「そうか・・・マーサは」
「元気ですよ」
苦笑混じりに言うトマス。
「朝食は」
「ああ、ルチアの店で摂ってきましたよ、女将、三日は空けるけど、依頼は女将の目で選んでくれませんか」
「逃亡者からの依頼と細工屋からのが来ているよ」
「逃亡者、時間移民なのか」
黒髪の彼、エディがそう言った。
「あんたの能力を聞きつけてここまで来たらしいよ、トマス」
「ああ、でも限界ありますよ、女将」
「それは承知しているさ」
「なら、何とかいたしましょう」
トマスはそう返事していた。
「殿下」
「調べてみる・・・朱鷺のこと・・・」
「どうか」
「気にいられそうで・・・朱鷺に」
「ああ、それは・・・」
トマスもそんな空気を感じてはいた。殿下と呼ばれる彼はどこかがっくりとしていた。
「逃亡者については、今の依頼終わってからにしておくれ、かなり衰弱していてね、暫く床から出られそうもないんだよ」
「解った・・・」
「それから依頼の報酬はこれだよ」
女将は大きな赤い宝石をテーブルの上に乗せた。
「これは・・・」
「本来なら統合政府の資料館入りの品物さ。ただ、彼はこれしか価値のある物はないと言うんだよ」
「ルビー」
「スピネルだよ、ただ、ここまで大きくて由緒があるとなると普通のルビーより高価になるね」
「由来ね」
「見覚えあるんだろ、エディ、いやさ・・・」
「その名はやめてくれないか、女将」
「まあ、いいさね、もらっときな」
「いいだろう、とりあえずは、女将、戻るまで預かっていてくれ」
「了解」
女将は赤い宝石を仕舞い込んだ。彼女から盗むような輩はこの地帯にはいない。いたとしたら、それは命知らずと言うものだ。彼女のガードはそれほど堅かった。


ルチアの店で動物の心が解る男は笑って肩をすくめるだけだった。問い詰めても返事はなかった。
「解った、直に確認してみる」
「それがあんたも納得出来るよ、お嬢ちゃん」
「まあ、いいか、呼び名ぐらいで文句付けても仕方ない」
「綺麗すぎるんだよ、アンタは」
「顔なんて・・・」
「言うなよ、いじけるぞ」
「解った、ありがとう」
「あーそうそう、依頼があるけど、いつもの女将に話しつけとくよ」
「そうしてくれ、じゃ、また」
この男も時間移民だが、本名も出身地も不明だった。


出発するにあたって彼らはフードやマントなどを用意した。そこへリアンダがやってきた。彼は本来なら武器商人だ。
「レーザー銃だ、一応、持っていきな、密航者と間違えられると厄介だ。これも、持っていけ」
偽のパスポートだ。統合政府発行となっている品物だ。
「悪いな、いつも」
「いいってことよ、俺の依頼も忘れるなよ」
「黒曜石と翡翠だったな」
「ああ、気をつけてな」
リアンダの見送りを受け、彼らは船に似たマシンに乗り込んだ。背の低い美貌の彼の肩にリョコウバトのマーサが止まった。船の中にあの例の朱鷺、二羽も乗り込んでいた。自ら乗り込んでいた。トマスはその様子に驚いていたが、何も言わなかった。

東洋の島へとマシンを飛ばす。マシン操作はエディがしていた。黒いストレートの髪、青い瞳。そして怜悧な美貌。
「殿下、水上にしましょう」
「そうだな、この島には発着所がないな」
湾内の静かな波の上にマシンを止めた。
「管理人はいるかな」
「いますが・・・どうでしょうね」
出方を一応見てみる。東洋系の女性が湾内の港にいた。管理人特有の衣装を身につけていた。
「私が接触します」
トマスがそう言った。
「頼んだぞ」


「ミナ、君が係員か」
トマスがそう言う。
「ええ、相変わらず何でも屋やってるのね」
「ああ、依頼でね、ある鳥を放鳥して欲しいと依頼受けたんだが・・・」
「この島の自然環境に合えばいいけど、どうかしらね」
「政府に報告は」
「しないわよ、いちいち面倒だわ。それほど政府はヒマじゃないわ。ここは辺境と言ってもいい土地だしね」
そこへあの彼がやってきた。
「ミナ」
「あら、エディ、やはり来たのね」
「放鳥といっても、こいつらなんだけど・・・」
鳥を見た途端、ミナは顔色を変えた。
「またなの、エディ、絶滅種じゃないの・・・マーサで懲りていると思っていたのに」
「ごめん・・・それに悪い予感はあたってるよ」
「え。じゃあ・・・」
「放鳥出来るか微妙なんだ・・・」
「あーあ、またかいな、もう。仕方ないわね、とりあえず、一週間過ごしてみるのね、連絡しておきなさいよ、心配するから」
「解ってる」
連絡先はあの女将に、だ。ミナは政府の人間だが、無法地帯の人間とも接触があるし、馴染みもある。
「ミナ、ところで情報が欲しいんだけど」
「何の、私にも限度があるわ」
「ブラックプリンスのルビーを持ち出して逃げ出してきたのは誰だ」
「移民管理局に接触しないと解らないわ、でも、噂では・・・そのブラックプリンス殿より百年後の人間よ」
「百年後ね」
「薔薇戦争の渦中の人物に間違いないわね、甲冑につけたと伝説で言われているのは・・・これよ」
書類を彼女は渡した。
「この人物か」
「多分ね。だけど・・・変なのよ」
「何が」
「性別が不安定なの」
「どうして・・・」
「解らないわ。ま、とりあえずは今の依頼、片付けた後にした方がいいわ」
「解った・・・」
ミナが宿泊場所を紹介してくれた。ただ、その宿の従業員とは言葉が通じなかった。食事の時間、入浴、就寝についてはミナからの伝言で理解は出来たが。そして食事もいつもの馴染んだ物とは違う品物が出て来ていた。
「参ったな」
「慣れないと、殿下」
「そうだけど・・・これ、なんだろう」
箸でさしてみた食べ物。不思議な動きをする灰色の物体、黒い点々がそこかしこにある物体だ。噛んだ時の感触も変わっていた。
「こんにゃくとかいうものじゃないですか」
「そうなのか」
「芋からつくるそうですよ、それから・・・箸で食べ物刺すのは・・・下品な事です、殿下」
「う」
汁物のお椀の中には肉類は一切入っていない。それなのに深い味わいがあった。食べた事のない芋、白い柔らかい物、根菜の類だろうか・・・。
「掴めないんだ」
「慣れですよ」
トマスは苦笑している。不愉快だと、彼は思った。図体が大きい癖にトマスは器用だ。トマスより小柄な彼はその美貌と裏腹にかなり不器用だった。その島での食事はいつも食べ慣れている物とは全然違っていたため、なかなか食べ慣れないものだった。

原野に朱鷺を連れて行っても、彼らは二人のそばから離れない。
「トマス・・・どうしたものかな」
朱鷺の美しい羽を彼は見つめていた。
「マーサと同じですかね」
「それは・・・またトラブル抱え込むって事じゃ」
「マーサよりはいいかも知れませんよ」
「そりゃあ・・・マーサは」
たった一羽しか生存していない鳥。手元に引き取った時は大騒ぎになった。が、ミナが手を回してくれて何とか無事に済んだのだ。
「ここで暮らしたら、どうだ、ミドリ」
朱鷺はその言葉を無視している様に見える。毎日、ここに連れてきては放しているのだが、気がつくと戻って来てしまう。
「ダメか・・・」
「殿下」
苦笑しているトマス。
「彼らの馴染みの老人は何と言ってるんだ」
「何よりも幸せを祈っていると言っていますよ」


東洋の老人が微笑んだ。トマスは溜息をついた。老人は何も言わない。静かに静かに微笑んでいるだけだ。それがトマスの目には見えていた。ミドリ、そしてキンは彼の愛情を一身に受けていた。けれど、彼らは最後の番だった。めあわせても、彼らの間に雛は生まれず、とうとう絶滅。この世界に連れて来られても、彼らは番としての使命は果たさなかった。仲が悪かったのか、良かったのか、解らない。トマスはそれも問いかけてみた。
「何も言わない・・・」
溜息をつく。島の野原をあの彼が走っていた。草原。初夏の日の光。輝く緑の原野。長い黒髪が風になびいていた。
「帰りますよ」
「トマス」
「帰るんです、帰るとき、朱鷺の反応を見てみましょう、殿下」
「もしもくっついてきちゃったら」
「それはそれで何とかいたしましょう」
ミナが走り込んできた。
「パスポート持っている?、係員が来たよ」
囁いた。
「解った」
偽造だが、パスポートを持ってきて良かったと思う。が、トマスがマントの影からレーザー銃を密かに用意していた。
「パスポートを見せろ」
ミナは一歩下がって見ていた。朱鷺は木立の方に飛び立って姿が見えなくなっていた。
「これを」
差し出されたパスポートを確認した男達は舌打ち一つして、それを突き返し、戻って行った。
「いいんですか、アレは偽造」
「黙ってろ、無法地帯の何でも屋だぞ、無事で済むか」
「えっ」
「あの少女の様な男の影にヤバイのが何人いると思っているんだ、関わるな」
「は、はい」
無法地帯の何でも屋、ね、とトマスは苦笑した。
「とんでもない評判ついたものですね、殿下」
「何だろうね、そんなに私は恐ろしいかな」
ミナが笑う。
「無理よ、あなた無法地帯に逃げ込むとき、何人軍人を行動不能にしたのよ」
「そうかな・・・まさかあんな技のひとつや二つ」
「中世の騎士様って厄介ね」
「それに殿下は最新兵器の取り扱いもすぐに覚えてしまいましたからね」
「トマスっ」
「生きるか死ぬか、自由か拘束か、では懸命にもなるわよ、まして、一級の戦士様でしょ、さすがは」
「やめてくれ、ここではただの男だ」
「解ったわ、女将にはホント連絡しなさいよ、アタシが怒られちゃったわよ」
「ごめん、ミナ」
朱鷺が戻って来ていた。
「原野にねえ・・・」
ミナが笑っていた。
「ああ、もう・・・マーサの時と同じか」
「少しは違うわよ、じゃあ、またね」
ミナが去っていく。
朱鷺を見る。二羽の朱鷺は二人の回りを飛び交っていた。
「帰ろう、トマス」
宿に戻って荷物をまとめ、宿代を払ってから、ミナが手配してくれたボートでマシンまで戻った。朱鷺は離れずについてきていた。
「ダメみたいだな」
「そうですね」
トマスが苦笑していた。


街に戻ると女将が爆笑していた。肩にマーサが止まっている様子にも笑っている。
「餌の手配、頼める、女将」
「ああ、任せときな。動物園になりかねないね、お嬢ちゃん」
「ご冗談を。絶滅動物の動物園の園長になどなりたくもないよ」
ふぁさっと黒髪をかきあげ、彼は溜息をついた。
「次の依頼、頼んだよ」
「解った、彼にはいつ会えるかな」
「二週間は無理だね」
「ああ、そうだ、リアンダ」
「リアンダの依頼はこなしてきたんだ」
「翡翠が思ったより質が悪かった、細工屋はどう思うかな」
「おや」
「変な傷があるんだ、目立たない物だけどね」
「黒曜石は」
「そっちはまあ、なんとかね」
「ならいいんじゃないか」
女将はリアンダに連絡を取っていた。