一言、叫んだ、と銀時は言う。銀時の手によって無理に散らされた花。
「なんて?」
殴りかかりたいと思う心を抑えて、土方は問う。
「助けて、土方さん」
心が重くなる。いつも悪戯しか仕掛けない、態度の悪いクソガキと思っていた。土方に向けられた想いに苛立ってつい犯してしまった罪。総悟はそれを受け入れた。それでも、泣いて呼んだ名前は、違っていた。
「あんたを呼んだんだ、とっさに」
総悟の頬を銀時は撫でる。
「なんで、この顔色なんだ」
無理に土方は話題を変えた。
「ああ、看護婦さんに化粧品借りた…俺が化粧した」
「器用だな、おまえは」
チークとかさ、口紅とか、借りてさあ、と銀時は呟く。
「男は湯上がりの顔にするんだとよ」
「そうか…」
煙草を取りだし、火を付けようとしたが、土方の手は震えて動かなかった。
「なあ、それ、うまいの」
銀時が聞いてきた。煙草のケースとマヨネーズの型のライターを渡す。
「まじいな」
「なら、吸うな」
「俺は…あんたになりたかったんかもしんねえ」
銀時はそう呟いた。
「奇遇だな、俺こそ、てめえみたいな人生、憧れていたさ」
「馬鹿じゃねえの、いいもんじゃねえぞ」
この髪、この目の色のおかげで、親はおかしくなっちまうしよ、と銀時は言う。
「俺は八歳で奉公に出された。寺子屋にさえ通わせてもらえなかった。貧乏子沢山でな、お袋が十歳で死んでも、葬式にさえ帰れなかった。奉公先飛び出して、後は喧嘩三昧」
「おい…」
「今でも実家にゃ帰れねえのさ、金持っていても、武士の位もらっても、はみ出し物はいつまで経ってもはみ出しものなんでね」
「それじゃ」
「兄弟がたくさんいても、全て他人だよ」
今となっては、な、と土方は呟く。
「こいつの方がましだなと思うくらい」
「そうかな…姉弟揃って幸せって言い残しちゃって、どういうんだかなー」
「万事屋」
「頼まれちゃった…」
銀時は自分の貯金通帳を土方に手渡した。
「な…」
「四年分くらいになるんじゃねえの、沖田くんの全財産」
「なんの、だ」
「ここの仕事、代わりにやってくれってさ。依頼料金はその額だ」
「参ったな」
「正確には、近藤さんを守ってくれ、近藤さんの懐刀を引き受けてくれ、なんだけどさ」
「そうか、辞令はねえぞ」
「かまわねえよ」
「制服は支給する。刀はこちらで用意する」
「わりいな」
「ガキどもどうするつもりだったんだ、おまえ」
万事屋の看板は下ろしていた。
「ああ、あそこね、解約してあるわ、俺の住まいはさーこの料金分だけここだからよ」
「あのババアが寂しがるんじゃねえの」
土方の言葉に銀時は微笑んだ。
「なんとかするさ」
「借りておけよ、通いもいるんだからよ」
「そっか…」
「住宅支給の手当ては手続きする」
「依頼料金で」
「おまえを縛るのは、俺の好みじゃねえんだよ、わかれよ」
自由でいて欲しいんだよ、と思うのに。総悟の瞳が見たいと思った。長い睫毛に縁取られた大きな瞳が。いとけなく見開いた青灰色の。でも、それは二度と開かれる事はない。局長室で、近藤は声をあげて泣いていた。身体に触りますという隊士の声が遠くから聞こえる。色素の薄いストレートの髪を銀時は手で梳いていた。
「するっと通るのな。俺のなんか、あっちゃこっちゃでつっかえるのに」
綿飴だ、と喜んだ小さな手を懐かしく思う。
「綿飴みてえって…」
そう言った途端、今まで出なかった涙が銀時の目からあふれ出ていた。
「おい」
土方が焦る。
「俺だって人間だよ、泣きもするわ」
ばっさと土方は上着を脱いで銀時の顔にかけた。
「見せるな」
「わりい」
ヤニくせえ、と言うぼやきの合間に、銀時の嗚咽が聞こえた。何故、泣けないのだろう、そう土方は思った。あの時の様に激辛せんべいでも食わなきゃ駄目なのか、と思った。
あの日。総悟から電話があった。休みをくれ、と。それっきり三ヶ月以上連絡が途絶えた。消息を求めて全国をくまなく探査をかけたが、見つからなかった。同時に万事屋も看板を下ろし、姿を消していた。まさか一緒だとは思わなかった。
「銀ちゃんがいないアル」
チャイナと呼んでいる少女がそう言って屯所にやってきたのは、その電話があって三日後。
「え」
万事屋の看板は取り払われていた。中に入るとあのへたくそな「糖分」と書かれた額が無造作に埃にまみれた床に放り出されていた。貴重品はなく、あの木刀もない。衣類も何点か消えていた。食器や家具はそのままだった。
「なんだぁ、あいつぁ何やってんだぁ?」
土方はそう呟いた。
「どこいっちゃったか」
「俺が知るかよ、奴だって大人だ…」
「家賃、払って、翌日、何かひっかかるとか言ってですね、開いたら、こんな様になっていて」
新八がそう言った。テーブルの上に解約の手紙があったと言う。
「積極的蒸発かよ」
「でも、何か」
変だと、二人は言う。まさか、総悟が関係しているとは思わなかった。