茨姫、同人誌見本

 「この子達を頼みます、この子らは・・・」
そこで区切られた言葉に桂は絶句していた。
 「この子らを助けて、俺たち真選組に見つかったら、殺されやす」
桂は解った、と頷いた。沖田は連れていた子に話聞かせるために、かがんだ。年かさの少年の肩に手をかけて言い聞かせるように話し出した。
 「兄ちゃんはこっから先は行けねえ、このおじさんと逃げろ、この人ならおまえ等の父ちゃんと同じことしてた人だからきっと助けてくれる」
 「お母ちゃんは」
沖田の顔がゆがんだ。
 「お母ちゃんは・・・諦めろ」
やっと告げた言葉に子供らの顔が蒼白になった。
 「おまえらだけでも生きろ。いいな」
抱えていたものも、桂に渡す。そして財布から紙幣を取り出し、その上にのせた。
 「どういう・・・」
 「生まれたばかりで、へその緒もとれていねえ、俺のタイだけじゃ、命が」
白い生地に包まれたものは、それは、赤ん坊だった。まだ血まみれの。
 「さっき生まれた。母親はあっちの小道にいる・・・」
 「わかった」
助けようとした仲間等はもう駄目だろう。エリザベスに声をかけ、子供らを抱えさせ、桂はその場を走って逃げた。

 「総悟、そっちに行ったぞ」
土方の声に気付いて、沖田は剣を構えた。
 「どけっ」
 「あいにくだな、そういう訳にはいかねえよ」
一瞬のうちに断ち切られた命。
 「どこに行ってた、おまえ」
 「探していたんですかぃ、そりゃヒマなこった」
 「女が見つかった、おまえ、斬ってこい」
 「へい」
あの小道。寝間着姿のまま、震えている女。声もない。
 「様子がおかしい、この女、身重だったよな、確か」
 「そうですよ」
原田がそう告げた。
 「血だらけだ」
道路にあるものは独身の男には理解しがたいものがある。
 「赤ん坊は・・・」
 「このさなかにかよ」
 「でも、この女はテロリストの女だ、総悟」
 「遅れた罰ですかぃ」
 「そうだ」
 「わかりやした」
抜いた剣で女を差し貫きながら、沖田はそっと小声で囁いた。
 「子は無事」と。その声は女の悲鳴で誰も聞かなかったが。

刀を鞘に戻すと沖田は土方の顔を見上げた。
 「どうした、総悟」
 「なんでも」
 「おまえ、タイはどうした、なんで、そんなに汚れているんだ?」
沖田は答えなかった。
 「何でもねえですよ」
そういいながらも、身体は言うことを聞かなかった。土方の腕の中に倒れ込んでいた。
 「発熱している?」
熱い、そう思える身体を抱え、土方はパトカーに戻った。


 「おかしいですねえ、なんで沖田君の服に胎盤や羊水が付着していたんですかねえ」
 「そう言えば、赤ん坊の泣き声がしたな」
独身の男が多い真選組には産声と普通の泣き声の区別などつくはずもない。
 「あの辺は立て付けの悪い家が多いからてっきりそういう家の夜泣きかと思ってたが」
 「取り上げたんですか、それはショックが大きいでしょうねえ」
医師の言葉に絶句した。
 「総悟が」
 「女性との経験も少なく、出産の知識もない少年が立ち会ったなんて、精神的にはかなりききますよ」
 「先生」
 「そのせいの発熱かも知れませんし、とにかく原因がわからない」
 「そうか・・・」
この医師には言えなかった。上からの命令で壊滅させろという指令が下っていたなんて。女子供も許さない、と。一人、妻帯者がいた。その男も妻も死んでいる。が、二人の幼児と生まれたばかりの赤子が不明だ。まさか、と思った。


 「総悟も連れて行ったのか、そいつぁ、まずかったな」
近藤はそう言って押し黙った。
 「あいつは疎開してきたんだよ、武州に。トシ、おまえにも内緒にしてきたんだが・・・」
局長室で近藤は溜息をついた。
 「こちらに逃げる途中、あいつは怪我してな、あいつの親は・・・足手まといになるので、捨てて逃げたんだ・・・攘夷志士に伴われてこちらに着いた時にはその親は病で伏せっていたが、あいつは」
 「近藤さん、それ」
 「沖田の家にいたくないんだろうな、俺のところによく来るようになって・・・虐待もしていたんだろう、それで内弟子という形で引き取った」
 「そんな」
 「ミツバ殿は親の目を盗んで総悟に逢いに来ていた。親が亡くなってから家に入れてやったそうだ」
 「じゃあ、総悟は」
 「命令違反したんだな・・・あいつは」
ぎゅっと握りしめる拳。
 「近藤さん」
 「なんとかできんか、トシ」
 「ああ、でもな、上にばれたら」
 「その時は俺があいつを斬る」
近藤はそう言った。
 「頼む、トシ」
頷くしかない。


その捕り物が終わり、土方はいつもの見廻りに戻った。かぶき町の当番になっていた。忌々しい万事屋の前を通るしかない。上から見ていたのか、銀時が駆け下りてきた。
 「ちょっと、来てくんない」
 「何だよ、てめーに用はねえ」
 「おあいにく俺にはあんの。あのさ、この間の捕り物で、ガキ」
その言葉に土方は驚いた。
 「やっぱりな、そのことで話があるんだよ」
仕方なく万事屋に上がり込んだ。
 「神楽には触らせるなよ、ぶっつぶしちまう」
銀時はそう新八に怒鳴っていた。
 「解ってますよ、でも、僕だって怖い」
こわごわと抱いている。
 「首座ってねーしなあ」
赤ん坊。どう見ても生まれて間もない。土方は驚いていた。
 「知り合いがよ、置いてったんだよ、こいつのにーちゃんとねーちゃんは知り合いが辰馬のとこにやっちまったから、今はどこの宇宙にいるやら」
 「まさか、この赤ん坊」
 「ヅラが連れてきた」
これにくるんで、と銀時が差し出したのは白い絹地のタイだった。血や胎盤の汚れがまま付着している。
 「これは」
真選組幹部制服のタイ。
 「沖田君だな、どう考えてもよ」
 「やはり」
 「他の奴らにばれたら事だからよ、持って帰ってくんない、そっちで証拠隠滅したほーがいいだろ」
 「ああ・・・」
タイを紙袋に入れて土方はポケットに押し込んだ。
 「やらかしてくれたな、あいつ」
 「でもよー、沖田君、大丈夫なん、お産なんて男が見るもんじゃねえって言うしよ」
 「大丈夫じゃない、今も起きられねえ」
 「ありゃ。やっぱり」
 「知らなかったとはいえ、お産の手伝いした直後に人斬りさせちまった」
 「げーーー」
銀時は呻いた。
 「そりゃ、おまえ・・・」
まずいよ、そりゃ。と銀時は言う。
 「まずいさ、でもな」
仕事なんだよ。しかも赤子を取り上げた産婦を殺すように命じたなんて。
 「まさかさーこの子のかーちゃん斬るようには言わなかったよなー、多串君」
 「言った」
銀時はどうするんだよ、おまえ、と言って土方を見ていた。新八は何も言わずに床に寝かせた赤ん坊を見ていた。
 「性別は」
 「女の子」
 「ならまだ、助けられるな」
手続きは取る、と土方は言った。捨て子だと届けると。
 「黙っていろよ、万事屋」
 「ああ」
当たり前だろ、と呟いた。


 「お見舞いでーすっ」
銀時はコンビニの袋を下げて屯所に来ていた。
 「おう、万事屋、ついでに頼まれてくれねーかな」
近藤がそう言った。
 「お仕事っ」
ただ、こいつら関連の仕事はちと難関が伴うけれども。背に腹は代えられない。何せ、金穴。ガスと水道代のためにも。
 「おまえ、またガスと水道止められたのかよ」
溜息ついて近藤が言った。
 「だってええ」
 「だって、じゃねえ、チャイナさんや新八くんのことも考えてやれよ。まあ、チャイナさんの昼飯はトシがちょくちょく恵んでるみたいだが」
このぐうたら保護者め、と近藤が責め立てた。
 「わりぃ」
 「俺に謝ることじゃねーだろ、保護責任者遺棄罪でしょっぴくぞ」
 「えー・・・」
 「わるくいきゃそうなることぐらい承知してるんだろーな、万事屋」
 「んー」
 「たくっ。総悟の看護を頼む。気を抜くと逃げ出すんでな」
 「あら、まあ」
 「いまはトシが見張っている」
沖田の部屋の襖を開けると、土方が沖田のそばにつきっきりになっていた。
 「こいつに依頼かよ」
 「おまえがここにいたんじゃ仕事になんねえ。他の隊士どもじゃ腕が足りん。銀時ならいうこときくだろーよ」
近藤のこういうところがすごいと思う。沖田は膝を抱え込んで、俯いているだけだ。制服を着ているが。
 「仕方ねーな、万事屋、頼む」
あっさりとさがるところを見ると仕事が相当煮詰まっていたのだろう。いつもなら食い下がるのだが。
 「沖田くん」
そっと腕に触れただけでも、発熱しているのがわかった。
 「すいやせん、旦那」
 「ほれ、お見舞い。持ってきたよーん」
コンビニの袋からは駄菓子がいくつか出てきた。
 「よく金がありましたねぃ」
 「実はパチンコ」
 「へーたまにゃあたるんだ」
 「そーそーたまにはね」
金平糖の包みがあった。
 「あ、これ・・・」
昔、初めて食べたお菓子だったと沖田が告げた。
 「だれにもらったの」
 「白夜叉」
げ。銀時はその返事に困った。
 「ガキつれて戦なんざ出来るか、と言ってた癖に俺の宝物だ、とか言って金平糖、くれた」
確かにその男は俺だ、間違いない、銀時はそう思った、けれど、そんなこと忘れていた。
 「宝物だから食べちゃいけないと思ったのに、食えっていうんだ、その白い鬼のにーちゃんは」
 「でー」
 「うまれて初めてお菓子食べた。おいしかった。旦那、あの子たちの目、見ていたら、ふいに思い出して・・・気付いたら手引いて・・・追い掛けてきた女は産気づくし、ひでーや」
 「そりゃ散々だったねえ」
 「旦那、いや白い鬼のにーちゃん、刀、捨てたんですかぃ」
 「捨てきれねーから困ってんのよ」
 「かっこ悪くなっちゃって・・・」
 「あのさ」
気が抜けるようなこと言ってくれて。
 「でも、かっこ悪い旦那の方が好きですぜ、俺は」
 「そりゃどーも」
 「ヅラと晋ちゃんは遠くなっちゃいやしたね」
そうだね、と返す。それが誰だか解っている。
 「自分の敵になるガキなんざ助けちまって・・・」
泣いていた。
 「でもさー、ふつーなら助けるよ、小さい子が燃えている小屋の中にいりゃー」
 「ふつーじゃなかったのに」
 「鍵かけてあるのには、流石に腹が立ったね」
おまけにおまえさんはうずくまったまま、動こうとしないしさー、とぼやく。
 「とにかく火傷なくてよかった」
兵糧を食わせて、川から水を汲んできてお湯を沸かして風呂にいれてやって、その辺にあった家から持ってきた衣服を着せてやった思い出。一番面倒をみてやったのは桂と高杉だった。銀時はつかず離れずの体勢をずっと通していた。が、宝物だと言っていた金平糖を与えてやった。笑った顔が見たかったから。桂も高杉も忘れているだろう、おそらくは。


 「そんで、おんしは引き受けたんちゃ」
 「攘夷志士の子なので、幕府は殺せ、と命じたそうだ。だが、沖田は出来なかった。それで私に預けた」
 「命令違反なぞして沖田は無事かや」
 「それは、近藤が何とかするだろう。辰馬、この子らを預かってくれ。おまえの元なら幕府も手出しはせん」
 「そりゃーでもおんし」
 「仕方ないだろう」
赤ん坊は流石に連れてこなかった。銀時に預け、乳児院に入れるよう頼んだのだ。
 「どうした、ヅラ」
 「辰馬、沖田の事なんだが」
 「似とるの」
 「似ている、か」
 「おんしと晋助が助け出してきた子に似ておるんじゃ、あの沖田」
 「あの子は確か武州に・・・武州出身が多かったな、真選組は」
 「連れて行ったか、おんし」
 「嫌がったけれどな、銀時がくれた金平糖の包みを後生大事に手に持ってな・・・」
 「あやつがか。そりゃ珍し」
甘味を人にくれるとは。
 「同じだと、思ったのかもしれん」
 「そうかや」
捨てられていた。そう思ったのかも知れない。けれど、あのとき、自分たちは若すぎた。子供の面倒を見られるほど大人にはなっていなかった。
 「そりゃ辛いのう」
辰馬はそう言って天井を仰いだ。


 「乳児院に、ですか」
 「手続きは済んだ。親の名前も何もかも不明ということにした。解っていると思うが」
土方は万事屋のいつも貧相な応接間というか事務室にいた。
 「他言無用、ですね、土方さん」
新八も、銀時も流石に生まれたばかりの子供の世話には汗だくだった。現に新八の顔にはクマがある。神楽は結局、新八の姉のところに無理矢理銀時にたたき出された。あまりにかよわい存在の赤ん坊に神楽は乱暴過ぎるのだ。
 「女の子で良かった」
 「やはり、男子なら」
 「ああ、幕府も承知しないだろうな」
 「そうですか」
政治事情がそうさせた。土方が薄情なのではない。彼の顔も見られたものじゃなかった。
 「女子供が関わるときはさすがに参るよ」
泣き言などいいたくはないが、ぽつんと口に出た。
 「そうですか、忘れます、土方さん、あの子の事は」
 「そうしてくれ」
 「すみませんね、お手数」
 「おまえさんのせいじゃないだろう」
 「うちの社長が、ですよ」
 「そうだな、彼奴には別口の仕事させている。当面はこれでやりくりしてくれ」
封筒を置いて、土方は立ち上がった。
 「え、でも」
 「チャイナに飯食わせてやれ。あの野郎、またガスと水道、やったらしいな」
 「すみません、頂戴します」
新八は赤面しつつ、受け取り、土方を見送った。直ぐに自宅に電話をかけて、神楽に戻るよう伝えた。

 「銀ちゃんはいないアルか」
 「暫く泊まりがけの仕事だって」
そこがどこか、神楽に言う気にはなれなかった。神楽に告げても、それはあまりいい事ではない。土方は子供に優しい沖田の事情を何も言わなかった。けれど、なにかあったと思わせるのだ。
 「ご飯、作るね。それとも神楽ちゃん、暫く姉上のところに行っていてもいいんだよ」
 「うん、たぶん、銀ちゃんもここに一人いるのはいい顔しないアル」
 「だよね」
新八はひとまず、コンビニからライフラインの支払いをしに行った。そうしないと水もガスも出そうもない。ついでに食糧は・・・情けないほどなかった。
 「たく、しょーのない社長だ」
そうぼやく。背に腹が変えられない、と言って、今の仕事も引き受けたのだろう。長くかかりそうな気がするのは、気のせいか、と思いたい。
 「沖田さん・・・」
確かに大人びてはいるけれど、お産の立ち会いはいくら何でも衝撃的だったろう。しかも、斬り合いの真っ最中に、である。想像しただけで、ぞっとする。新八には理解出来そうもない世界だ。
 「女の人ってすごいな」
けれど。その赤ん坊の母親を斬った、というのも想像を絶する。そういう仕事なのは解っていたつもりだった。でも、それはつもりでしかなかったのだ。たった一つしか年齢が変わらない少年がすることではない。
 「まあ、とにかく、僕は留守をまもるだけだな」
知っていたつもりだった。こんな仕事をしている長の近藤。いつも陽気な顔しか知らない。姉につきまとい、迷惑ばかりかける人としか思っていなかった。けれど、彼は・・・。そこまで考えて、新八は首を振った。
 「僕が考えても仕方ない」
現に近藤は暫くお妙の元には訪れなかった。仕事のことよりも、彼には大事な部下であり、弟分の人がいるのだ。


 「でー、またヅラに会ったと言うのかよ」
コン、煙管が煙草盆の縁を叩く。煙管を持った高杉の手を坂本が見つめていた。坂本の船の中。高杉は一人で来ていた。坂本が鬼兵隊の人間の出入りをあまり好まないためだ。攘夷戦争の時の鬼兵隊の隊士はほとんど戦死しており、今のメンバーは幹部を除いて坂本と知り合いと言うわけではない。
 「ああ、子供を預かれ言うちゃ。難儀じゃと言うたが、ヅラはきかんでな」
 「子供?」
 「ああ、それもなあ、真選組の沖田に託されたちゅうがか」
 「なんでまた」
 「攘夷志士の遺児というたかの、幕府に知られたら殺される言うたが」
 「ふん、そりゃ沖田も物好きな」
 「おんし、人の事は言えないがか、昔、助けたじゃろが」
 「俺が、か」
 「燃える小屋にいた毛色の変わった子じゃ」
 「ああ、そういえば」
 「それが沖田かもしれん」
 「な、なんだと」
 「後悔、しとるがか?」
 「ガキが燃えている小屋の中にいりゃ助けねえわけにはいかんだろが、バカいうな」
 「なんちゃ、おんし、まともなんじゃの」
 「おまえ、なあ」
溜息をつく。
 「ヅラも後悔はしとらん」
 「十年たったら敵でござい、でもか。運命の女神を呪うしかないだろが、そりゃ」
 「フォルトナ、言うたかの」
 「辰馬、おまえな」
 「ラキシスのせいかの」
 「アトロポスだろな、くそババアな女神様だよ」
運命の三女神は醜い老婆と教わったぞ、高杉は苦笑する。
 「糸を断ち切ろうとするがか」
 「しちゃ悪いかよ」
 「んにゃ、儂にはわからんちゃ」
相変わらず読めねえ野郎だと、高杉は呟いた。
 「近藤さえいなけりゃこっちに引き込めるんだがなあ、あの沖田」
 「おんしじゃ無理ちゃ」
 「くそ」
 「銀時かて無理じゃ」
そこで野郎の名前だすなよ、辰馬、そう言って高杉は煙管に刻み煙草を詰め直した。
 「その匂い、また儂が陸奥に嫌われるちゃ」
 「知るか」


 「だーから、仕事は無理だって言ってるの、大人の言うこと聞きなさいよ」
 「でも、俺は」
制服を取り上げて、銀時は沖田の前髪を持ち上げ、自分の額を沖田の額につけた。
 「まだお熱ありまーす。寝てくださいー」
 「ちぇっ」
 「金平糖ならあげるから」
 「旦那、あのとき、晋ちゃんがしてくれたお話して」
 「何話してくれたのよ」
 「ヘンゼルとグレーテル」
銀時はその童話のタイトルに眉を寄せた。
 「なんちゅー話を選ぶんだかなあ、あのバカ」
森に捨てられた二人の子供の物語。
 「ちょっと嫌だわ」
 「グレーテルってね、ヅラがね」
 「何か言ってたの」
 「神の恩寵って意味なんだって。そんな名前をつけた実の娘を森に捨てるなんてすげえ親」
 「あれ、継子じゃなかったっけ」
 「ドイツじゃ実子だって言う話ですぜ」
実の我が子を。
 「晋ちゃんがね、お菓子の家は森で死んでいった子供達の鎮魂のために建てられた家だって言ってやしたよ」
 「お菓子の家ねえ、銀さんもそんなおうち欲しいわあ」
 「旦那もヘンゼルなんですねぃ」
びくっとなった銀時。
 「魔女は・・・いなかったみたいな」
 「旦那たちが魔女ですぜ、俺には」
大人しく横になった沖田は天井を眺めながら、そう言った。
 「お鍋の中にぶちこむ必要のない魔女です」
 「あら、それはありがたいのかしらね」
 「クッキーの柱、チョコレートの壁」
 「やめてよ、本気で糖分」
あれ、と沖田の指がコンビニの袋を指し示した。部屋のすみにある。
 「土方さんが旦那にって」
 「多串君が、マヨネーズしか入ってな・・・おお、金平糖にチロルチョコにドロップにキャンディーとーおおおお、クッキーも入ってるじゃあーりませんか」
 「ほんとうにかっこわるくなっちゃって・・・」
 「しみじみ言わないでくれる、これでも落ち込むんだからねえ」
ごそごそと探る様は大の男の姿とはとても思えない。
 「苺牛乳もあったーーー」
床の中から沖田が笑っていた。
 「マジでかっこわりぃ」


土方は報告書に捺印していた。あの事件の、である。文書はかなり偽造した。子供たちを消息不明、女は出産後、出血がひどくて死亡とした。生まれた赤子は乳児院から実子同然の手続きをふんだ夫婦に引き取られていった。
 「これで、いいか」
事実を知っている人物は何人もいるが、彼らは訴え出ることはまずない。万事屋の男は幕府にどんな感情を持っているか不明だが、あの男は沖田を気に入っている。おそらくは特別な感情を持っているに違いない。子供を助け出した桂はお尋ね者であるし、不利になることを承知で騒ぎ出すことはないだろう。攘夷志士のつながりで桂を蹴落としたいと思う輩がどう出るかは不明だが、それは予測出来ない。もしもそうなったら万事屋が黙ってはいないだろう。
 「さてと」
近藤の印が押されれば、この件はおしまいだ。後は、あるとしたら、沖田の心に残った傷だ。こればかりはどうにもならない。運命を呪ったが、おそらくは沖田そんな心情を喜ぶはずはない。それだけは解る。
 「ミツバ・・・」
机の奥底にしまい込んである写真を取り出す。見合い写真に使うつもりだ、と言って送ってくれたものだ。土方にその写真を送ったのは、着ている着物、帯が土方の贈り物だったからだ。品のよい薄水色に春の花が描き混まれた手描き友禅の付下げだった。帯も銀糸がふんだんに織り込まれた西陣の袋帯で、初任給で衝動買いしてしまったものだ。散々迷った挙げ句、送りつけた。遠慮したいと書いてきたが、見合いにでも使え、と言って収めさせた。慰謝料のつもりではない。偶然、立ち寄った呉服屋で似合いそうだ、と思い付いた時には、もう手に取っていた。
 「俺はバカだ」
振り返るまい、と思いながら、この女の事だけはどうしても振り返ってしまう。総悟があまりにも似ているためか、余計振り返ってしまう。
 「すまない、俺はまたおまえの弟」
泣かせている、と呟く。でも、土方が謝罪することではないのだが。


 「運命か」
桂は隠れ家でそう呟く。十年前、江戸で拾った子供。正確には助け出した子供。


 「あの中にまだ小さな子がいるの」
女がそう言った。
 「解った、おまえはここから早く逃げろ」
そう言って小屋の戸を開こうとした。鍵がかかっていた。
 「嘘だろう・・・」
 「何ぼけっとしているんだよ、ヅラ」
後ろから高杉がその戸に体当たりしてこじ開けた。
 「おいっ」
うずくまっている子供をみつけ、慌ててかき抱いて連れだした。
 「おかあさんがここにいろって」
 「バカか、焼け死にたいのかよ」
そう言うと黙ってしまった。やせこけた子供だった。
 「泣くな、今飯食わせてやる」
高杉がそう言って手を引いて連れ帰った。銀時はいい顔をしなかった。
 「どーすんだよ、そんなガキ」
 「戦場なのは解っている、このふらついてるの、何とかしてどこかに預けるつもりだ」
 「ふらついて・・・って食ってねーのかよ、おい」
銀時は慌てて懐のにぎりめしを取りだし、囲炉裏にかけてあった鍋に放り込んだ。今朝方高杉が作った味噌汁だ。
 「何しているんだ、おい」
 「ほとんど食ってなかったなら、こうして柔らかく煮込んだほーが消化がいいだろう」
「あ、そうか」
高杉は人のいなくなった家から衣服を持ってきた。
 「調度良かったぜ、子供のいた家があった」
 「いただいてきたわけね」
 「しかたねーだろ、ほれ、着替えろ。女の子のだけど、我慢しろよ」
こくんと頷く子供の服はボロボロだった。
 「とりあえず、身体拭かないとな」
わかしたお湯で布をしめらせ、身体を清めてやった。服を着替えさせてその後、銀時が作った雑炊を食べさせた。
 「おいしい、これなーに」
 「あ、えーっと雑炊って言うんだよ」
 「ぞーすい」
 「おまえの名前、なんて言うんだ」
 「あれ、とかこれとかそいつとか・・・あ、おねーちゃんがそーちゃんって呼んでた」
ちょっと待て。あれ、とかそれとかそいつというのは名前じゃないぞ、と呟く。
 「この子、親に名前呼ばれたことないんじゃ」
桂の言葉に血の気が引いた。
 「なるほどな・・・そういうことか」
 「そーちゃんね、で、名前」
 「わかんない」
 「そーいちろーくんでいっか」
 「またいい加減なこと言って・・・」
桂がそう言って頭を抱える。
 「とりあえず、それでいいんじゃねえの」
高杉もそう言った。
 「字、決めないとな」
土間に棒で漢字を書いた。「総一郎」と。
 「おおーいい名前だ」
 「そーちゃんでいい」
 「うん、そりゃ解る、確かに呼ぶときはそーちゃんだな。で、おまえいくつだ」
 「八歳」
また三人が凍り付いた。小さすぎるのだ。
 「嘘だろ」
どう見ても五歳くらいにしか見えなかった。
 「うそじゃないもん」
 「そうか、そうか」
やっぱり虐待だ。この子、栄養不足でちっこいんだ、銀時は小さく呟いていた。
 「そーいちろー、いいもの、あげる。俺の宝物だ」
おまえの宝物ってロクでもないだろが、と高杉がつっこむ。
 「うるせー金平糖のどこがロクでもねーって?」
こんぺいとうかよっ、この糖分大王めが、と内心でつっこみ。
 「これだ、どーだ」
 「きれー」
 「おい、懐にしまうな、これはくいもんだ」
 「だってぎんとき、宝物って言った」
 「だから、おまえの宝物はロクでもねーんだよ」
 「いいから食べてご覧」
唯一まともな桂がそう言って促す。
 「・・・どうだ」
 「変な味」
 「甘いって言うんだぞ」
 「ふーん」

夜は何故か高杉の懐に入って眠る。銀時にはなかなか懐かなかった。どこか、同じものを互いに感じているせいかも知れない。そこに別行動していた坂本が加わった。
 「戻ったか、どうだった、土佐は」
 「乙女ねーやんがやっぱり旦那とやらかしたんじゃ」
 「出戻りかよ、乙女ねーやん」
坂本家随一の腕っ節と度胸を誇る坂本の仁王様。実は高杉の憬れの人。
 「おんし、別れろー別れろーと念送っちょったきに、何をいうがや」
 「うるせえ」
 「なによ、晋ちゃんてば、まだ乙女ねーやん諦めてなかったん」
 「やかましいわ」
 「下僕扱いされるっつーのによくわからん男心だわ」
 「んで、このこまいのは、どうしたんじゃ」
 「ああ、撤退する途中で拾った」
 「そうかや」
土産がある、と坂本は笑った。兵糧とついでに甘味。
 「激戦地いくちゃ、この子どうするちゃ」
 「それなんだよなあ」
武州にはまだ戦火及んでいないから、その辺の村の人に預けるほかないだろう、と決めた。本人は嫌がった。
 「おねーちゃんならいいんだけど」
 「武州が近い、仕方ない」
銀時の横顔が冷たく光った。
 「俺等はいつ死ぬかわからねえ、この子だけでも生かしておかなきゃなるまいよ」
 「そうだな」
 「ぼーず、諦めろ。いい子にしていたら、きっといい人に出逢える。それを期待してろ、な?」
乱暴な説得だったが、仕方ない。銀時はこの子供に金平糖と干菓子を渡した。
 「めずらしかー」
 「うるせーよ、辰馬」
高杉と桂がある村の入り口まで連れて行った。そして、告げたという。
 「この先で、誰かに助けてもらえ」
偶然通りかかった近藤が子供を見て、引き受けてくれたと言う。子供を連れて去っていく男を見て二人はほっとした。あの男ならあの子供はもう大丈夫だ、と。十年後、敵同士として巡り会う悲喜劇さえなければ。
 「昔さ」
 「何だ、晋助」
 「どっかの王様が寺院も兼ねたすんげーでっかい宮殿を建てたんだけど、彼がしたことって言うのは・・・」
 「なんだったのだ」
 「家族の棺をせっせと集める事だったんだとさ。喜劇なのかねえ、妻が四人いたけど、全部先立たれたんだとよ、子供も彼が死んだときには二人しかいなかったとさ」
 「悲劇だろう、それは」
 「そうだろうけど、ある意味喜劇なのかもしんねえな」
戦地に戻る合間に晋助はそんな話をした。片方の目を失明したのはそれから間もなくの事だった。坂本はいち早く戦場から抜け出し、商売をしに宇宙に行くと言い出した。桂も銀時も生き残ったが、同じ志というものは二度と彼らの元には舞い降りなかった。

すべて違ってしまった。どこで間違えたのだ、と桂は銀時に問いたかったが、いつでも留守だった。
 「実は・・・沖田さんについているんです、銀さん」
 「そうか・・・」
 「思い出したと伝えればいいと言ってました、桂さんに」
 「・・・そっ」
新八には言いたくはなかった。
 「解った」
そう言って立ち去るしかない。あのころの事のために、混乱しているのだ、と解ってしまった。小さかった子供の細かった肩をふいに思い出して、桂は溜息をついた。なんと過酷な。棺を集めるためにお城を建築した王の話をふいに思い出す。どんな思いで、家族の棺を並べたのだろうか。若くして死んでいった妻と子の棺。それと同じように遠い日々に置き去りにして、今、拾い上げるのか、あの子供を。そう思う。必死の顔で託された子供。あの子供達が沖田に思い出させたのか、自らの境遇を。
 「仕方ない」
桂は桂でやらなければならないことがある。銀時とも辰馬とも晋助とも違う道。険しいな、と思う道だ。


 「思い出すとはなあ」
自分の戦艦のなかでそう呟く。探りを入れたらそういう事らしい。晋助はそう悟った。戦艦に妙な名前をつけたら思い切り却下されてしまったが、高杉の中ではこの船の名前はいつでも「オテントサママル」だ。乙女にもそう書き送ったら、大爆笑と大きく書かれた半紙が一枚入った返事をもらってしまい、かなりへこんだものだ。
 「息がつまるぜ、ねーやんとこに行くか」
武市と来島はあまりいい顔はしないが、休みをくれと言ったら、出してくれた。なので、彼女の持ち家に行くことにした。

 「晋助、薪割りさぼるんじゃなーいっ」
早速喰らうハリセン。どうしてこの女には勝てないんだろう、俺、と呟きつつ、立ち上がる。
 「ああ、ヅラじゃない、こたろーちゃんも来るって言ってたわよ」
土佐弁を彼女は使わない。あちこち動き回るため、標準な言葉に切り替えたと言う。
 「ええー、俺殺されるよ」
 「この家で刀振り回したら、尻叩きだからね、晋助。ついでに飯抜き三日」
 「・・・大人しくしますから、ご飯は食べさせてください、ねーやん」
 「まあ、いいわ、こたろーちゃんにもそう言っておいたから」
 「エリザベスも来るのかな」
 「ああ、あれね。来るんじゃないの。かわいそうにねえ、晋助と辰馬のせいで」
 「・・・いいんじゃねえの、あいつには」
 「でも、なんでエリザベスなのよ、あれ」
 「別に、ただ、無敵艦隊破った女王の名前をふと思い出しただけで」
 「晋助が名付けたの」
 「うん」
 「あんたのネーミングセンスって訳がわかんないわ」
 「よく言われる」
そんなことない、なんて言えない。みんな笑うか首を傾げるか、のどっちかなのだ。桂がやってきた。
 「来ていたのか」
平然と桂は言う。
 「ああ、出来れば沖田に会いたいんだけどなあ」
 「おまえ、あの子供はもう昔のあの子じゃないんだぞ」
 「わかってる、ヅラよぉ」
 「桂だ、何だ」
 「銀時に伝えてくれないか」
 「聞くかな」
 「沖田に、お菓子の家なら銀時に作ってもらえ、って」
 「何だ、それは」
 「童話をよくしてやったんだよ、あの子に」
 「ヘンゼルとグレーテルか」
 「うっかりしてたよ、捨て子の話なんざしちまった」
 「高杉」
 「まともにあの子とやりあうのは、それからだ。ねーやん、わりいけど、俺、もう帰るわ」
 「あら、もうなの、こたろーちゃんはどうするの」
乙女の言葉に桂は私も帰る、と告げた。一人で来ていたということは長居するつもりはなかったのだろう。
 「先に戻る、ねーやん、またな」
高杉はそう言ってその家を後にした。


一時間後、坂本と銀時、それに沖田がやってきた。
 「辰馬、あら銀ちゃん、いらっしゃい」
 「ねーやん、誰かおったんか、男手ないときいてたぜよ、なして、片付けば」
 「晋助とこたろーちゃんかがさっきまでいたのよ」
 「またこき使ったんか」
 「晋助はね。こたろーちゃんはお茶飲んだら、直ぐ帰っちゃったの」
 「そう言えば・・・何か変なこと言ってたわね」
 「変なことねー、あいつら二人、っとねーやんの前でそれは出来ないか」
 「殺し合いってこと?」
平然と乙女は言う。
 「知ってたのか」
 「晋助からそういう手紙来たから。珍しく名前を書いているから何事と思ったらやっちまったから、もう二人には会えない、とこうよ、でも、後の文句はいつもと同じ」
 「え」
それだけは高杉の神経を疑う。
 「また愛しちょるだの、目的が終わったら女房になってくれ、だのか、ねーやん」
 「ええ」
 「でまたもお断りのお手紙だったわけね、乙女様は」
銀時がそう言った。
 「お馬鹿なことやめたらいいわよ、と書いたの。ついでにネーミングセンス磨きなさい」
ぶっ。銀時が吹き出した。
 「ステファン星の宇宙怪獣にエリザベスって名付けたり、旗艦の名前が「オテントサママル」だったりするのは、理解に苦しむわ」
 「・・・」
きょとん。三人はそういう体勢のまま、乙女を見ていた。
 「マジですかぃ」
沖田の言葉に乙女が頷く。
 「ああ、伝言をこたろーちゃんに頼んでたけど、沖田って子にね、銀ちゃん、あなたがお菓子の家を造ってやってくれって。晋助がそう言ってたわ」
 「お菓子の家、ああ・・・なるほどね・・・」
 「意味がわかんないのよ」
 「十分です、乙女さん」
沖田がそう言った。
 「あの、俺がその沖田です、疎開する合間に助けてもらって・・・今は敵ですけどねぃ」
 「そう・・・しかたないわね、よかったわね、あなた、今はもう大丈夫なのね」
 「ねーやん、意味わかんねーわ、俺」
銀時がそう言って頭をかいた。相変わらずもじゃもじゃの銀髪。
 「晋助から聞いたのよ、そういう子供だった面影がもうないわ。愛されている子の顔している。だけど、傷は傷よ。お菓子の家はそれを癒してくれるの」
 「なら、俺じゃなくても」
 「何言ってるの、銀ちゃんも仲間だったじゃないの、仕方のない人ね」
 「そう言うことならやるけど」
銀時はそう言った。
 「でも、沖田君、暫くここにいてくんないかな」
 「どうして・・・」
 「乙女ねーやんにね、やってもらうことあるから」
意味の解らない言葉。
 「俺は兄弟いないから解らねーのよ」
 「わかりやした」
 「辰馬、帰るぞ」
銀時は沖田の返事を聞くとすぐ辰馬を呼んだ。
 「もうかやー。儂のねーやんぜよ、なしてー、ぎゃっ、金時、かんべん・・・」
ずるるると引き摺っていく銀時を乙女が溜息をついて見ていた。
 「しょーのない」
 「あの」
見上げる女の人って初めてだ。乙女は沖田よりも身長があった。銀時達とも同じくらいではないか、と思われるほどだ。たすき掛けをし、手には薙刀。
 「薙刀・・・」
 「辰馬と一発これでやりたかったんだけどね、仕方ないわ、相手して」
ひょいと竹刀を渡される。
 「え、でも」
 「いいから」
構え、薙刀のあしらい方。
 「出来る・・・違う、出来るってもんじゃない・・・原田さんの槍とどっこいどっこい、いやそれ以上だ・・・」
そう呟く。隙はないか、と思うが、なさそうに見えた、一瞬、見えた隙に竹刀を向けてふるう。カーンと音がし、打ち込みが失敗だったことを沖田は知った。
 「あら、さすが一番隊隊長様」
そう言って打ち込んでくる。受け止める。重い。なんて力なんだろう、女人なのに。
 「まあいいわ、お疲れ様、お相手ありがとう」
 「いいえ・・・」
 「夕飯の支度するわね、嫌いな物あるかしら」
 「いいえ、特には」
 「そう、辰馬はねーあれが嫌いこれが好きだの小うるさくてねえ、やかましい、さっさと口に入れて食えと何度も怒鳴ったもんよー、寝小便もなかなかなおらなかったし、お隣の陸奥のお嬢ちゃんは何度も泣かせるし・・・」
 「ははは」
 「弟なんて、いつまでもガキだとつい思ってしまうのよね、悪い癖だわ」
年が離れているせいかしら、と乙女は呟いた。
 「あの、俺にも姉上がいたんです」
 「そう、美人で細くて・・・でも芯の強いお人だったんじゃないかしら」
 「なんでそう」
 「似てらっしゃるのなら、そうだと思うから」
 「似てませんよ」
 「そんなことないわ」
さらりと沖田の髪を撫でる。
 「あの子と私、似ているでしょ」
 「ああ、はい」
 「どこかしら似ているものよ、姉上様もきっと・・・口惜しかったわね」
 「乙女さん」
 「あなたを一人にしてしまうのが口惜しかったと思うのよ、それだけ」
乙女は台所に入り込んだ。縁側に腰掛け、沖田は遠くをみた。高台にあるこの家は木造の昔ながらの家屋で、下には小さな村落がある。家に続く道は車一台通れる広さがあった。一人、誰かがやってくるのが見えた。地味な着流しに笠を被り、歩いてくる男の腰には刀がある。


 「おめえ・・・」
出会うべきじゃない。
 「ここで、刃傷沙汰起こしたら、二度とねーやんには顔合わせできねえか」
沖田は高杉を睨んでいた。
 「忘れ物とりに来ただけだ、すぐ失せる」
縁側から上がり込んで、高杉は小さな包みを手に戻った。
 「ちっ・・・」
 「え?」
振り向くと見慣れたパトカーが見えた。
 「動くなよ」
喉元に刀。
 「悪いがつきあえ」
頷くしかなかった。刀は、加州清光は縁側に置いてあるままだ。
 「ねーやん、わりいな」
乙女は溜息をついた。
 「馬鹿なことはやめなさい、晋助」
 「そうはいかねえんだよ」
パトカーから降り立った隊士らは動揺していた。
 「どうした、さっさと・・・総悟っ」
人質が誰か解ったのか、土方が声を張り上げた。
 「近付くなよ、こいつがどうなってもいいのか」
高杉はそう言って沖田の身体を掴んで裏手に走った。
 「あんたは」
家の中から出てきた女に職質をしようとする。
 「土方さん、まずいです、ここは快援隊の持ち家で、この女性は」
 「あの総合商社のか」
 「この御方は快援隊の最高顧問、坂本乙女殿です」
 「げ」
幕府とも諸外国とも、あまたある天人とも取引のある商社の最高顧問の権力は絶大だ。
 「土方さんとおっしゃるの、副長様がね、まあいいわ、たぶん、沖田さんは大丈夫よ」
 「大丈夫ってどういう意味だ」
 「晋助に殺気がなかったわ。この裏の崖にでも放り出してあるんじゃないかしらね、あの子」
 「え」
 「沖田さん見つかりました」
 「高杉は」
 「駄目です、逃げられました」
 「ちっ」
 「怪我は、怪我はしているの、あの子」
乙女がそう声をあげた。
 「あ、はい」
土方は乙女の冷静さに驚いていた。
 「その棚に傷薬入っているわ、早くここに運んで来なさい」
隊士に命じる様は堂に入っている。
 「お借りします」
泥だらけで連れてこられた沖田を見て、乙女は部屋から一枚、浴衣を取りだしてきた。盥に水を入れ、手ぬぐいを用意する。
 「刀傷ね、あら、浅いわね、こっちは・・・」
 「崖からケリ落としやがった、あいつ」
沖田がそう言う。
 「今度来たら百叩きだわね」
 「乙女さん」
沖田は乙女を見て尋ねた。
 「俺等がかぎつけたらどうしやす?」
 「突き出すしかないわよね、攘夷だろうと何だろうと私には関係ないけど、あの馬鹿とは無関係じゃないから」
 「乙女さんにも類が及ぶんじゃねえですかぃ」
 「どうかしら。それは幕府が判断すればいいわ。そのかわり快援隊との取引はこれまでよ」
 「そういう事ですか」
 「辰馬がね、用意したのよ、ただそれだけよ」
 「わかりやした」
土方もそのやりとりだけで理解した。この女に最高の権利を与えている快援隊の組織としての力は馬鹿には出来ない。
 「薙刀、やるのか」
 「土方さん」
手当を受けながら、沖田が告げた。
 「乙女さんは原田隊長よりも強いですぜ、それ」
 「そうか」
 「立ち会ってみたら、重いんです、強い」
 「ふふ、わたしなんか鈍くさい方だと思うけど」
 「敏捷です、俺のも受けましたぜ、それで」
 「え」
 「普通の隊士なら間違いなくたたけるのに、このお人には関係なかった」
 「そうか」
 「ごめんなさいね、とんだ休日ね、副長さんと一緒に帰りなさい。また後で遊びにいらっしゃい。晋助みたいな阿呆がいない時に」
 「そうしやす」
 「ただ、この家はもう始末するしかないけどね」
にっこりと乙女は言う。
 「え」
 「私には別荘五十箇所あるの、そのうちの一つだから、どうでもいいのよ、ねえ、土方さん」
 「なんだ」
 「ここ、静養所としてお使いなさいな。手続きはしておきますから」
 「は」
 「真選組の保養所として手続きしておきますわ」
 「それはありがたいが・・・」
 「お代はいりません。辰馬の馬鹿の他にも弟をえられましたから」
 「意味がわからんが、いいだろう」
土方はとりあえず、この屋敷から部下、沖田を連れて去っていった。


 「連絡は受けた。快援隊から保養所が贈呈された。でな、トシ」
 「近藤さん」
 「保養所の代表者氏名、総悟にしてあった」
 「なんで、また」
 「多分、総悟に贈ったんだろうな」
 「なんなんだ」
 「話によれば、お姉ちゃん気質があふれているそうだ、母性愛も豊かで」
 「なんか、それ・・・」
 「電話で、沖田さんのお姉様に贈りたかったわ、とこうだよ」
 「は?」
 「あの家は田舎にあって、空気もいい、近くには温泉もある。療養するには十分の環境だな、ただし、ライフラインはかなりとぼしいが。水道はないし、電気も自家発電」
 「携帯も圏外じゃないのか」
 「圏内だ、その設備は整えている、そうだ」
 「なるほど・・・」
それはいい環境だな、と土方も呟いた。
 「車で一走りすれば江戸市内に戻れる」
だから、もらっておいた、と近藤は言った。
 「とっつぁんには」
 「直に連絡が入ってたそうだ」
手回しのいいことだな、と言うと、近藤は苦笑していた。
 「で、おまえは・・・いや、やめておこう」
これは銀時の役目だ。近藤はそう思った。
 「トシ、万事屋をしょっ引いてこい」
 「へ」
 「あいつに用がある。連れてこい」
 「どーやって・・・」
 「高杉と関連がある事案の重要参考人として連れてこい」
 「近藤さん、いくらなんでも、それは」
 「建前だよ、何言ってるんだ」
 「建前ね」
納得できないが。仕方ない。


 「一番隊を呼べ」
土方は局長室から出てきて即座にそう命じた。
 「総悟は」
 「今、山崎が駄菓子屋に迎えに行きました」
 「たくもう・・・」
帰ってきた沖田は駄菓子の袋を握りしめていた。
 「勤務中に買い食いするなっ、総悟」
 「いったい何の騒ぎですかぃ」
 「高杉の件である重要参考人を連行して来て欲しいんだよ、ただ、一筋縄では行かない相手なので、一番隊総出で連行してこい。相手はこいつだ」
土方は書類を差し出した。
 「え」
 「命令だ、行け」
それ以上、土方は説明しない。


 「なんでっ、ちょっと待ってよ、沖田君。重要ってなんなのさーーーっ」
 「暴れると公務執行妨害、つきやすぜ、旦那」
 「あっそ・・・」
沖田の言葉に何かを感じて、銀時は二人の子供に留守番を言いつけた。神楽は沖田とやる気満々だったが、銀時が止めていた。
 「いいからおまえらは留守番してろ」
パトカーに乗せられて移動するしかない。

 「いったい何なのよ」
 「近藤さんが旦那に用があるらしいですぜ、大事な話があるとかで」
 「重要参考人ってのは」
 「建前らしいです」
 「へ、そりゃまた・・・」
 「よくわからねぇんですがねぃ、旦那」
土方にも沖田にも関係する話なのだろうか、銀時はふと、眉をひそめた。
 「あの件もまだうやむやなんですよ、旦那」
 「それを今更」
 「罰せられるはずだったんですがね」
 「いいの、こんなところで話しても」
 「神山と山崎は知ってますから」
神山が運転していて、助手席には山崎がいた。一番隊補助として土方が後を追わせたのだ。
 「旦那、あの子供達はどこに行きましたかね」
 「辰馬が取引先の星に連れて行った。そこの支店長夫妻と養子縁組したと連絡あったよ」
 「なら、いいです。赤ん坊の方は隊士の親戚で子供のない夫婦が実子として入籍しましたから」
 「おやまあ・・・」
 「ただね、近藤さんが気にしているのは、俺の過去でしょうね」
 「そっちかよ」
 「それには旦那が適任ですから」
 「俺がねえ、適任ね」
 「あの二人じゃ無理でしょう」
 「そりゃまあ」
銀時はそう言った。もう屯所である。
 「入りずらいな」
 「そりゃそうですねぃ」
くすっと沖田が笑う。一番隊の隊士らはその場から即座に立ち去っていった。山崎も、神山の姿もない。
 「おー来たか、万事屋」
近藤がそう言って出迎えた。
 「普通に呼び出してくんない、ちょいとおー」
 「そう言って素直に来るか、おまえが」
 「う」
 「総悟との事でな、話がある」
 「ばれたって訳ね」
 「おまえの過去は問わない。今は一般庶民だろ」
 「でー何よ」
 「山崎と神山には言い含めておいた。が、トシとおまえは別だ」
近藤の言葉に銀時は溜息をついた。
 「気付いてたの」
 「違う、総悟に聞き出した。様子がおかしいからな」
 「それってちょっと・・・」
銀時は沖田の顔を見た。
 「総悟」
「切れろって言うんでしょ、近藤さん」
 「言われて、出来るのか、おまえ」
青ざめた顔がある。横に振られる首。
 「三人で話し合え。おまえはどうしたいんだ、一体どういうつもりなんだ、それをはっきりと示せ。いいな」
近藤はそう言って立ち去っていく。土方がやってきた。
 「とりあえず、総悟の部屋に行こう。万事屋、逃げるなよ」
 「うー逃げたいわさ」
 「だったらなんで引き受けたんだ、おまえは」
 「そうは言ってもさー」
 「金は受け取ってないんだろうな」
 「うちは春はあつかいませーん」
 「そうだろうな、おまえはそんなに器用じゃないものな」
 「多串君」
 「馬鹿にしてるわけじゃないぞ、そういうもんは不誠実な馬鹿野郎が引き受けりゃいいんだ」
かぶき町にはうろちょろしているだろが、と土方は言った。
 「思い切り後腐れしそうだがな」
 「へ」
 「この間もそれで、事件があって、やっと解決したところだ」
 「事件ねえ」
 「ホステスにだまされた旦那に切れた女房が旦那をやっちまったってやつ」
 「あーーー、あれ」
 「だましたホステスが攘夷浪士の女だったからこっちにまわってきたんだ」
 「なんか大変ねえ・・・」
 「おまえなあ・・・他人事じゃないんだぞ」
 「そうだった・・・」
見ると沖田は黙って部屋の襖を開けた。
 「ここで・・・」
 「おまえの部屋に近付く馬鹿はそうそういねえよ」
くすっと沖田が笑った。
 「罠仕掛けてねー日はない」
土方はそう言う。
 「そらまた・・・」
 「今日は仕掛けてありゃせんぜ」
 「仕掛けられてたまるか」
部屋の中に入り、座り込む。
 「総悟、なぜ万事屋に頼んだ」
 「似てたから」
 「似てた・・・沖田くん?」
銀時がそう聞いた。
 「土方さんに似ていたから」
はっきりとそう言った。
 「総悟、やはり、俺は・・・おまえを手に入れるわけにはいかねえ」
土方の言葉に沖田は俯いた。
 「おまえの姉貴の名前、呼ばねえ保証はできねえよ。一生、引き摺るつもりだ、あいつのこと」
 「知っていやす」
 「悪かったな、諦めろ。だからと言って、迷惑はかけるな」
 「旦那にはいいんですかぃ」
 「それは俺は答えられねえな。本人に聞けよ。万事屋、後は頼む。まだ仕事中だ、失礼する」
立ち上がって土方は去っていった。
 「薄情ねえ」
 「違いやすよ、旦那。これも俺の望みでもあるんです」
 「望みね」
 「ええ、あの野郎は一生、姉上に縛られて生きるんです、これも望んだ形です」
 「いいのかねえ」
 「そのうち、いい女が出来て結婚でもするでしょうよ、でも、姉上の事」
 「忘れる訳がないってことか」
 「忘れねえようにつきまといますから」
 「そりゃ怖いわ。沖田君」
 「別れてもいいですぜ」
 「それはいやよ。だってあんた、可愛いんだもん。欲しくなっちゃうーー」
銀時はそう言って笑った。
 「すいやせん」
 「しかし、乙女ねーやんがねえ」
 「あの家、怪我をした隊士らの保養所になってますぜ。近くに診療所を作った上で、ですがね」
 「たしか、あそこ」
 「無医村だったそうです」
 「ふーん、まあ、それはいいけどね」
気になるなあ、と銀時は言う。
 「高杉の動向が掴めそうになってます」
沖田の言葉に銀時は驚いた。
 「それから・・・やつのDNA、うちの鑑識が確認しやした、あの時、俺、やつの髪、引っ張って抵抗しやしてね、その毛髪から確認したそうです」
 「まさかと思うけど」
 「指紋も、です」
 「どうやって」
 「俺の衣服から採取できたそうです」
 「あいつが捕まる・・・?」
 「出来れば押さえたい、と。春雨と手を結んだ証拠も掴めました。ただ、春雨の部隊、第七師団はこの星に興味がないみたいで・・・高杉との同盟は形のないものらしいです」
 「第七、ねえ」
 「彼も承知の上の・・・推測ですがねぇ」
 「おかしいなあ、そんな・・・」
 「病がちになってるみたいですぜ、高杉」
どんな病気かは知りませんが、と沖田は言った。
 「俺にそんな情報流してどうするんよ」
 「俺たちだけの問題じゃねえでしょ、俺は、あいつとアンタが仲間だったのを知っているんですぜ」
 「俺をぶちこむ気?」
 「まさか、一般庶民でしょ、旦那は」
一番隊隊長の彼氏かもしれやせんけどね、と沖田は笑った。
 「彼氏ねえ」
 「お気に召さないんで?」
 「さあてね」
本気じゃない癖に。それは言えなかった。言っても仕方がない。土方は沖田には何も示さない。それが気に障ると言えば、気に障るのだ。
 「御伽話を、ね」
 「んー」
 「戦火に怯えた俺にね、毎晩語って聞かせてくれやした、高杉が」
 「そういえば、んなことしていたな」
 「ヘンゼルとグレーテルだけじゃないんですぜ、旦那」
 「どんなんだっけ」
 「お姫様が出てくる話・・・」
 「女の子にするもんじゃねえの」
 「自分が立派な王子様になれる訳ないって、俺言い張ってましたけどね」
 「うっそ・・・」
 「ほんと。お伽話のお姫様はずるい、何もしなくても王子様が助けにくるし、幸せになれるからすげえずるいって、高杉に言ったら・・・」
 「なんか言ったの」
 「確かにずるいわなって」
 「ふーん・・・」
そんなことで納得するなんて。
 「両目のあるあの人は優しかった。一体、何をなくしたんですか」
 「知らねーわ、晋助の内面まで俺が解るわきゃねーでしょ」
 「旦那の方がもっとヘンゼルに近いのに」
 「あのね」
 「まあ、どうでもいいです、あの人、捕まえろと言われれば、捕まえるしかねえんですから」
 「そうだけど」
 「公開処刑ですぜ」
 「そっか・・・」
 「で、旦那、どうしやす?」
 「どうもしねえよ、俺は・・・引き受けるしかねーよ、あんたを」
ぐいっと引き寄せると沖田は苦笑した。
 「物好きですねぃ」


「いいか、失敗は許されねえ。この屋敷に潜伏している確証は掴めた。総悟」
 「へい」
 「何があったとしても、奴をしとめろ」
ある屋敷を包囲し、正面に一番隊の隊士らを集合させた土方は短くそう命じた。
 「一番隊、出動」
その命令を聞いて、総悟は歩き出した。玄関をこじ開け、なだれ込む。警備についている不逞浪士を隊士らが斬り捨てていく。抵抗するなという形通りの台詞はことごとく無視された。沖田はまだ鞘から刀を抜かない。ただ、歩き続けるだけ。腕のよい部下達が隊長の通り道を開ける為に、浪士らを斬っていく。剣の鋭い叫び声や隊士と浪士らの鋭い声が飛び交う中をただ、歩く少年。
 「もういい、おまえらは退がれ」
 「隊長」
 「いいから、さがれ」
弾丸が飛ぶ。それを合図に隊士は一度さがった。両手に拳銃を構えた女が立っていた。
 「来島また子だな」
その女は沖田に銃口を向けた。
 「また子」
 「晋助様」
女の背後から近付いた隻眼の男。
 「こいつは駄目だ、また子」
女を引き寄せ、その男はそう言った。
 「こいつは駄目だぜ、いいな」
 「何故ですか、晋助様、こいつは真選組の・・・」
高杉の刀が女を差し貫く。
 「また子、連れて行ってやるよ、俺の女としてな、だから、大人しくしてろ」
どさっと倒れる女。が、急所ははずしてあったらしい。その手から拳銃を奪い、庭に放る。沖田の足元に、だ。
 「高杉・・・」
 「大きくなったな、総一郎」
ぴくり、と沖田は身体を揺らした。総悟の名前は近藤につけてもらった名前だ。ミツバも沖田総悟の本当の名前を知らないでいた。名前を付ける、そんなことさえ、沖田総悟の親は放棄していた。
 「抵抗・・・」
 「皮肉なもんだな、約束を守れない立場にしちまうとはな」