白銀の人〜我を救いたまえ〜第三章

とりとめもない話。憂さ晴らしに付き合ってくだせえ、とその子は言った。
 「それって仕事の依頼かなー」
 「そうしても構いませんぜ」
そう言って笑う。こっちの懐具合を年下の子供に心配されるなんて、なんて情けない。けれど、背に腹は替えられない。貧乏一直線なのに、巨大犬はいるし、大食らいの未成年を養ってはいるし。しかも、一人と一匹には遠慮というものがありはしない。それで、気付けば、坂田銀時はいつでも空腹状態という情けなさ。でもたまにはいい時もある。どうしても駄目な時はお人好しなゴリラ、もとい近藤局長に泣きつけば、大抵の仕事はまわしてくれる。風呂掃除、屯所の掃除、台所での下働き。土方はいい顔をしないが、神楽や定春というでかい犬の食い扶持を考えるのか、何も言わない。
 「この間、屯所で何してたんですかい」
 「仕事なくってさあー」
 「あー、なるほど」
くすくす笑う沖田。
 「いやなんだけどね、本当は」
 「土方さんに嫌われてやすからね」
 「マヨはいいのよ、何だか神楽のこと」
 「あーあれね」
神楽は土方には懐いている。何故かよく知らないけれど。


 「マヨー」
 「どうした」
 「銀ちゃん、知らないか」
 「さあな」
屯所で副長室の縁側で神楽は手にしていた傘を回していた、退屈そうに。
 「また、あいつと一緒か」
 「そんなに気に入らないか」
 「うん」
 「飯、食いに行くか」
土方が束にした書類をトン、と音を立てて整えた。
 「ほんとか」
ぱあっと神楽の顔が明るくなった。
 「行くぞ」
すっと立ち上がって、土方は神楽を連れだした。
 「いつもの食い放題にすっか」
 「うん」
神楽も土方のマヨネーズには引かない。いつもそばにいる男が白飯に粒餡をかけて食べる糖分男のせいだろう。
 「ロクでもないな」
 「何が」
 「いや、あのバカも俺も、な」
 「好みは人それぞれヨ」
 「まあそうだがな、美味いか」
 「うん」
店主が青ざめるのが解って、土方は神楽に言った。
 「デザートは別の所にしよう」
 「どして」
 「さあ、どうしてかなあ・・・」
苦笑してみるが、神楽には解らない。一定の料金を払って店を出て、近くの甘味処に入り込んだ。
 「ここ」
 「盛りはいいらしい。味はどうかな」
 「銀ちゃんのお金でも食べられるアルか」
 「あいつはどーせ総悟にたかるから平気だろうよ」
聞き捨てのならない台詞だが、神楽はあっさりとスルーした。一つ向こうのテーブルでジャンボパフェをつついていた銀時がわなないていた。
 「あっち、行くか、総一郎君」
 「総悟、でさ。チャイナ連れている土方さんの邪魔はしねえんで」
 「なんでよ」
 「旦那、知らなかったんですかぃ」
 「え?」
 「まあ、いいか」
 「何がよ」
 「何でもねえです」
 「教えてよ」
 「チャイナに聞けばいいじゃねえですか」
 「・・・納得出来ないんですけど」
さあ、と沖田が笑う。
 「それにうっかり喋ったら、俺もチャイナにひどい目に遭わされるんでねぃ」
 「は?」
何かを知っている。けれど。
 「まさか」
 「さあてねー」
そんなこと言い合っている内に、噂の二人は立ち去ってしまった。土方は私服ではなかった。沖田は私服だった。沖田は非番だったのだ。
 「あれ、そう言えば制服」
 「土方さんはここ当分、休みなしでさ」
 「沖田君は休んでるじゃない」
 「上への提出書類が膨大で、休み取れねえらしいです」
 「何よ、それ」
 「・・・つまり、上からの、その嫌がらせ、みたいなもん?」
 「あーよくある事ねえ・・・」
 「そういう事らしいですぜ」
それには近藤も土方も沖田を関わらせないらしい。
 「俺、学ねえから」
 「ん・・・」
剣の腕は凄まじい。けれど、まともな教育をこの子供は受けていなかった。読み書きは何とか出来るが、漢字の書き間違えはかなり多いらしい事は知っていた。
 「通っていたんじゃねえの、寺子屋とか」
 「だって・・・お金かかるから」
習字の半紙も、墨も筆も切りつめていたらしい。
 「お金」
 「食うのと、姉上の薬代が」
それか。家屋敷も維持が難しくなり、母屋を売り払い、離れに姉と暮らすようにしても、なお、困窮していた。今でこそ、潤沢な給金をもらってはいても、幼い頃の彼は。
 「もう伸びねえと思いやすよ、背」
ふっとそう呟いた。
 「え」
 「仕方ねえです」
笑っている。諦めて。それでも憧れて。笑顔は死んでしまった姉によく似ていた。いい女だった、流石の銀時もそう思った。あの土方にはもったいないと思うほどの。


 「なー神楽」
 「銀ちゃん・・・」
 「なんで多串君と一緒だったのよ」
 「・・・ごめんなさい」
 「謝ることなの」
 「多分、違うアル」
親兄弟が恋しいのだ、と銀時は思った。
 「私、多串君のこと、好きアル」
好きの意味は何と銀時は尋ねた。
 「ただ、普通に好き、アル」
意味が解らない。銀時は仕方ない、と思った。ヘルメットを取りだし、下のスクーターに乗り込んだ。


 「だーかーらー」
 「聞かれても俺には解らねえよ」
 「だってよ、あれは・・・」
 「男と女じゃねえことは確かだ。チャイナの方はどうかは知らん」
 「へ」
 「まだ子供だ」
土方はそう言った。
 「だけど、女であることは間違いねえ。俺は年の離れた妹を見ているつもりだが、チャイナはどう見ているかは知らねえよ。ただ、万事屋」
 「あによお」
 「チャイナに変なことは聞くな。養っている子供を傷つけるんじゃねえよ」
 「うー・・・」
 「年頃で難しいんだよ、それにおまえ、俺の方こそ言いたいことがあるんだがな・・・」
 「な、何かな・・・」
 「年頃の娘の下着とか着る物にもうちょっと気を遣ってやれっ、このロクデナシっ」
 「すいません・・・」
神楽が新品の衣服を何故か持っていることにやっと気付いた。
 「たくっ・・・お妙にだって事情ってもんがあるんだぞ、おい」
 「てえことは・・・」
 「後で返せよ、ロクデナシ」
土方はそう言って奥に戻っていった。屯所はいつもの様に静かだった。



我を救いたまえ・終

2010-06-15