白銀の人〜我を救いたまえ〜第一章

 「逃げろ、アイラ」
ここは私が引き寄せるから。その武士はそう告げる。銀色の髪をなびかせ、女は幼な子を抱きしめ、走った。
 「この裏切り者めが」
罵る異形の者達。構わず女は走った。が。
 「死ね」
女の腕から奪われた子供は崖下に放り込まれ、女も投げ捨てられた。
 「生きるのよ、銀時、おまえは生き続けなさい」
女の願い。
 「母上っ」


それが坂田銀時が覚えている一番幼い頃の記憶だった。


 「生きろ、か」
簡単に言ってくれるぜ、と呟く。夢の中の母親は美しい銀髪の、それこそ白銀で作られた彫像の様な女だった。白銀の戦女神であり、天人の中でも戦闘能力の優れた種族の、女王だったという。母の星は滅んだ。そう聞いている。
 「ヅラ達が聞いたらどう思うだろうなあ・・・」
ぴとっと背中に張り付く感覚。
 「沖田君、目が覚めたの」
 「へい」
 「ヅラって、まさか」
 「んー気にしなくていいよ」
くしゃと沖田の髪を銀時は撫でた。酔っぱらって泊まった真選組の最年少隊士。未成年が飲酒ね、と言っても銀時の所の子供達も一杯やってしまう事もある。瞳の中に憧れの感情をにじませて、この子供は銀時を見る。それが疎ましい時もあれば、好ましい時もある。何せ、この美貌だ。ときめかない男は・・・とは言うけれど、この子供も立派な男で。
 「どうかしやしたか」
 「んー別に」
今日は疎ましい方の感情があった。
 「じゃ、俺帰りますね」
 「あーまたなー」
神楽も、新八もまだ起きては来ない。情けないけど沖田の奢りで鍋パーティをしたところだった。食い物一つで大人しくなる神楽も考え物だが、三日食わずでは仕方あるまい。
 「これで、またゴリラに怒られるんだよなー、俺が」
沖田を見送りながら、銀時は呟いた。あのお節介な局長は銀時が預かっている子供らの健康状態には口うるさいのだ。


案の定、道ばたで説教を喰らった。
 「今度は何ですったんだ」
 「競馬・・・」
何素直に吐いてるんだか、とセルフつっこみしながら、銀時は白状した。
 「新八君はともかく、チャイナさんはおまえが預かっているんだろーが」
また神楽は土方に昼飯おごってもらったらしいのは知っている。
 「すいません」
 「そういうことは彼女に言うんだな」
 「はーい」
 「保護責任者遺棄罪ってのもあるんだぞ」
 「存じております」
 「なら、ちゃんとしろ」
 「はい」
しょぼん。横で下の大家が笑っていた。
 「局長さん」
 「おーお登勢さん」
 「あたしも見張っとくよ、これでいいかい」
 「そうしてくれ」
お人好しでお節介な局長は今日もストーカーなのか、いそいそと出かけていった。
 「銀時」
 「やはり、怒る?」
 「当たり前だろーがっ、おまえって奴はっ」
 「だよな」
一時のノリでついやらかして、迷惑かけるのはいつものこと。しかし、持ちつ持たれつとはよく言ったものだ、と感心はしているけれど。半分しかこの星の血は持っていない。時々、それを感じる。異様なのだ、体質が。怪我の治りが早かったり、さほど鍛えなくても敏捷に動ける身体と言い・・・。


異質なものはやはり、異質だと扱われてきた。崖を転がり落ち、何とかすがりつき、助かった命。はい上がり、途中で見付けた母親は既に息絶えていた。変な方向に曲がった首と見開かれた赤い目。身体の骨もひどく折れていた。生まれて初めて見た人の死骸はよりにもよって滑落して死んだ自分の母親だった。道ばたに落ちていたのは、父親の遺体。それから後のことは、どんなことだったかうろ覚えで、気付いた時には吉田松陽に出会っていた。
 「生きろ。か」
親から教わったのはそれだけ。人から奪いながら生きてきた。それは違う生き方だとあの人は言った。そして、今の自分がある。
 「仕事は今日もやっぱりないか」
そう呟き、自宅に戻ろうとした。
 「万事屋」
土方が来ていた。
 「あー」
 「仕事依頼だ」
封書を土方が渡す。
 「サンキュ」
真選組では手出しできない闇の仕事がたまに銀時のところに来る。
 「おまえ、またすっからかんやらかしたって?」
 「沖田くーん、ばらしたのねー」
 「チャイナからだ」
 「あ、そっちか」
 「しょーのない奴だな」
 「神楽ちゃん、何か言ってたの」
 「その金で家賃払っておけ。大家にガスと水道やられたいか、おまえ」
 「そーする」
あまり滞納するものだから、ライフラインまでお登勢が手出しして、家賃の滞納が過ぎるとライフラインが停止する手はずにされてしまった。
 「ばーさん、家賃払うわー」
がらりと下のスナックの扉を開く。土方はすっと去っていった。
 「あいよ」
二月分。でも滞納分は実は四ヶ月ほどあるのだが。
 「どうしたね」
 「今夜、神楽預かっていてくんね、ちょっと出かけるんだ」
 「解ったよ」


この仕事は土方がやっていたという。が、天人相手では怪我する場合もあった。依頼してきたのは近藤だった。それから相手が手強い時は銀時にお鉢がまわってきていた。暗殺という後ろ暗い仕事だ。借りた刀で始末をつける。なぜ、それを真選組が引き受けているのか、銀時は詳しくは知らない。多分、沖田も知らない仕事。大方の予想はついていた。松平からの事だろう、と。



つづく

2010-05-29