検察側の証人・5
「回復には時間がかかります。脳に損傷がほぼなくて運がよかった。ただ、記憶など感情にどのくらい影響があるか、今の時点では判断出来ません」
「そうか」
所長はその報告を聞いていた。ブランドンも聞いていた。
「何故、彼は…あの廃墟に向かったのか…君には解るかな」
ブランドンに聞いてみた。
「いいえ、私は今も昔もあのリチャードが嫌いですよ」
「何故、彼はあの子に恭しく接するのか、私にも解らない」
「聞いた事は」
「なかった、あれ、殿下」
「発熱しているので、下がってきた。あなたは彼に…聞いていいものか迷うが、魔物呼ばわりは」
「したことありませんよ、バカ兄貴でもさすがにそれは…背骨が曲がったとき、あの子、苦痛で泣いてましたからね…何度も見ましたよ、結核で背骨が曲がることもあるそうですが…それと同じ位の痛みがあるとか…聞いてます」
「そうか…」
「まさか、兄上が、ですか…それじゃあ、あの子があんな態度をとるのも無理はない」
「王位簒奪も、か」
「ええ。兄上の妻となった女もまあ愛人もですが、ろくな女じゃありませんでしたよ、あんな女達に好き勝手されるのは今考えても胸くそ悪いですね」
「近親憎悪、か」
「そうなりますね」
所長はそう答えていた。
「ただ、ここに来てからの兄上は私やあの子の態度に相当参ったらしくて…それこそ土下座するんじゃないかと思うほどの勢いでぺこぺこしてますけど、特にあの子には」
「許していない、あの子は」
「一生許さないでしょうね、でも愛してないわけじゃない」
「複雑だな」
「あなたを見た時、あの子ね、兄上が殿下みたいな御方だったら良かったのにって言ってましたよ」
「私はそんないい人間じゃない」
「女癖は殿下はまっとうでしょう」
「…それは」
「そこですよ、あと王としての責任感もあなたの方があります。人間としての責任感もね。あの子はそれこそ憬れの眼差しで見てますよ、あまり邪険にはしないで下さい、精神にも投薬治療はかなり悪影響与えてます…お見知りおきを」
「考えておこう」
「まあ、好き嫌いはどうにもなりませんからね、ところで…ブランドンさん」
「はい」
「大学の入試の日程はここにあります。医学部の試験、受けて置いてください」
予定表を手渡されたブランドンは日程のきつさに溜息をついていた。


「どうした、ブランドン」
「試験は受かりました、陛下、我が君」
「そうか…あの御方は…無事か」
「何故、あれにこだわります、我が君、私には納得がいきません」
ベッドの中のヘンリーが苦笑していた。
「見えられた」
小柄な少年が部屋に入ってきていた。
「記憶障害あるかもしれないってレイモンが言ってたけど」
「ありませんよ、ただ、ところどころ医学的知識がぼんやりしているだけです、学習し直しすれば、復帰できますよ、ブランドンと通います、そのところは」
「そう…」
「何故あの廃墟に」
「大学帰りに無理に車に押し込められたんだ」
「あー…そのお姿では無理もありませんな」
「大人でも非力だけどね」
「陛下」
「ごめん、卑下する様な事言って」
「それで、あの御方、殿下はどうなさってますか」
「宇宙軍総裁になるって。やるべき事柄に気付いたとか何とか…守りたいものがあるっておっしゃっていたけど」
「おや、陛下は何かあの御方には」
「何も言ってないよ、言ってもこの世界でどう生きるかは個々人の力だし…」
「それはそうですね…」
「あのさ…ベシーが会いたいって言ってるんだけど、どうする?」
「…彼女が、ですか」
「大けがしたって聞いたら、どの面下げてるのか見たいんだって。まあ、こっち来てから、なんて言うか…」
「…兆しは知ってますから」
「うーん、昨日ね、白薔薇亭で食い逃げがあったんだけどね…」
「おや」
「ベシーとアンが張り倒して簀巻きにして警察に叩き出したんだよね…」
「は…」
「元王妃の叔母と姪で大の男蹴り倒して、ふんじばって…食い逃げの腹いせもしてくれて…兄上がびびっていた」
「はあ…恐ろしいものですな」
「知っていたんでしょ」
「目が醒めたら、衣服で隠れる場所に歯形と青あざがあるのは日常茶飯事でしたから」
「夜中に張り倒してたか、ベシーもたくましいこった。ネヴィル家の血って怖い」
「え」
「ああ、アンにもベシーにもネヴィルの血、入ってるもの。あの家の女達って…今の母様も、そうだし…だから、ね」
「はあ…リース夫人も、ですか」
「ベシーね、今すぐだけど、準備オーケーかな」
「…心の準備がっ」
「なーにが心の準備よ、このクソハゲゴキブリが」
ノックもなしに突然入って来たのは金髪美人。とても豪華な印象の女性ではあるが。
「…ベシー」
「叔父様は黙っていて」
少年にそう言う彼女。
「何だ、生きてるじゃない、心配してソンしたわ、相変わらず命根性汚いのね、ダーリン」
「…ダーリン、ねえ、エリザベス、いや、李夫人」
「知っていたのね」
「聞いてる。小学校教師だそうだな」
「まともに生まれて生きていれば、唐帝國の皇族で、領地はイングランドよりも広いわよ、彼のご両親から引き継げられれば、の話」
「何があったんだ」
「実の祖母に殺された人の子供だっただけよ」
「怖いな」
「母親は皇女だった。でも妊娠していたのに、毒殺ですってよ、権力って本気で怖いわね」
「実の孫を殺す祖母か」
「でも、この世界ではただの小学校教師よ、それが何」
「幸せそうだな」
「ええ」
「ならいい」
「ヘンリー、あなたは、どうなのよ、どんな女ひっかけても構わないんじゃないの」
「ひっかかる女はいないよ、私は独身でも構わない」
「そう…まっいいか、じゃ私はこれで」
エリザベスが去っていった。
「相変わらず心臓に悪い女だ」
「ホントに」
「陛下…」
「こんなチビでもせまってきたもん、彼女。どういう趣味してんの、アレ。信じられない。兄上も義姉上もどういう育て方したんだか…」
「…その点にはノーコメントで」
「そうだろーねー」


数週間後。
「殿下」
ヘンリーが報告書を持ってきていた。
「襲われる寸前の、あの御方についての報告書です。中身は大人だと、言いましたが…実は治療薬の副作用で精神が非常に不安定です。さきほど、部屋に行ってみましたが、エドワード四世にグロスター公爵の位とガーター、並びにバース騎士の称号を返上したいという申上書を書き上げていました、どうやら十二歳の記憶のまま、時が止まってしまった様子でした」
書類をヘンリーは手にしていた。
「これが、その申上書です。エドワード四世陛下に届けます」
「本気か」
「ええ」
「リース夫人は…」
「あの夫人の事を実の母、セシリー・ネヴィル・ヨーク公爵夫人だと思い込んでおられます」
「え…」
「ですから夫人は、申上書を書き上げて封蝋しましても、三世陛下の望むままに、と」
「それは、今の彼も、なのか」
「幼い心のままである時と大人の記憶を持っている時と交互に顕現している状態です。レイモンド博士は…大人の記憶を封じるつもりでいます」
「封じる…」
「自傷行為を止められませんので…あの御方は私の軍勢を…自殺道具に使ったんですよ、家族を亡くされた後…全てを捨て去る覚悟であの戦場に来たんです、スタンリーに伝えてあったんですよ、それを聞いた私は…取り返しのつかない事をした、と解りました、宮殿に入って執務室で書き付けを見つけて…それこそ…」
「ヘンリー…」
「どうして、長生きして下さらなかったんですか、恨みに思います。親戚同士が王冠を血で染め上げてしまった…こんな悲しい事がありますかっ・・」
「レイモンド博士は決めたんだな」
「そうです。殿下、あの御方を責めないで下さい。この先、あの御方は幼い子供のままの精神で過ごす筈ですから」
「…解った…」
「私はあの御方の主治医を務め続けますので…そう長いことではないでしょうけれど」
「どういう意味だ」
「あの御方はテロリストに殺されかかっているんですよ、開発している治療方法が適合しなくなった時点で…お命を保つ事、我々には出来ませんので」
「長くは生きられない、と」
「そういうことです、私は四世陛下にこの書状、渡して来ます」
「そうか・・」
去っていくヘンリーの足音を聞いていた。


「これを受け取って、この申し出を納得しろ、と言うのか、貴様」
「はい」
「リース夫人は」
「三世陛下はリース夫人を実母のセシリー様と思い込んでおられます」
「確かに、確かにあの人は…母上に似ているが…」
封蝋を切り取り、中身を彼は見た。幼い頃の弟と同じ文字が並んでいた。騎士の称号と公爵の位を返上し、その上でヨーク家からの廃嫡を願い出ていた。
「お返事を。お返事をお願いします、陛下」
ヘンリーがそう告げた。
「今、すぐか」
「はい」
「解った…」
便せんを取り出し、エドワードは申し出を受託はするが、廃嫡は許可しないとしたため、王の領地から不自由のない生活が出来るだけの年金を支給するとしたためた。そして、フォザリンゲイの城にて暮らす様に、と書いて封印を施した。
「フォザリンゲイ…にした」
「そうですか」
書類を持ってヘンリーは少年の部屋に入った。
「お医者さん」
「そうですよ、若君様」
「兄上に手紙…」
「返事預かってます、どうぞ」
差し出された手紙を読み、少年はにっこりと微笑んだ。
「これで僕、強くならなくてもいいんだね」
剣も手にする事なくてもいいんだね、と笑った。レイモンド博士が頷いていた。


「時々、蘇ったりもするけど、基本はリチャード・リースなんだよね」
「そうですか…ああ、殿下ですが、総裁として任務に励んでいるそうですよ」
「あの御方、とてもおきれいだよね、ヘンリー」
「ええ」
ヘンリーはちょっと暇をいただきます、と言って宇宙へ旅立っていった。


「事情は聞いている」
「精神的にとても不安定です。ご理解のほどを。…廃嫡まで願い出られました」
総裁は振り向いた。
「ヨーク公爵家から、か」
「はい」
「なんて…言って…」
「必要がないでしょうと。身体的にも騎士の生活は無理です。もっとも今は騎士なんてどこにもいませんが」
「ほんとに混乱しているんだな…」
「兄君が「魔物」と言った事、立ち聞きしてらっしゃらなかったら、と思いましたよ、殿下」
「魔物…か」
「魔物でいいと、おっしゃいました、あの御方は」
「それが結論か」
「そうです、私は直に伝える為に参りました」
「解った…」
「殿下」
「未だ何か」
「時々正気に戻ります。ご理解下さい。だいたいは子供の意識でいる事が多い…どこまで覚えているのか、ご本人さえ」
「そんなものか」
「当人の責任ではありません。薬の副作用、それから…自責の念で何をするか解らないと判断したレイモンド博士が記憶の封印をしましたが、ほころびはある模様です」
「あの子は私をどう見ているのだ」
「英雄ですよ、憬れの騎士。それ以外何があります?」
「そうか…」
違う、とは言えなかった。そして。


「ヘンリー」
「ああ、軍務医局の長の仕事、しています。あの御方は卵からやり直しですから…私は必要ないんです」
宇宙軍の軍務医局長の座にいる彼はどことなく寂しそうに見えた。
「もう二度とあの魂には出会えない…そう思うと、爵に触ります」
彼はそう言って、仕事をこなしていた。総裁は何も言わなかった。卵からやり直したあの子供は、時々不思議な事を言ったが、ほとんどまっさらな状態だった。
「魂はどこから来てどこへ行くのだろう…」
トマスはその呟きに返事をしなかった。どこに行くのか、解らない。そう言う事は言いたくはなかった。ただそれだけだ。