検察側の証人・4
「リシィが帰らない、だと」
所長がそう言った。ヘンリーはブランドンの事はスタッフに任せると外に出て行った。大学の心当たりに当たってみることにした。白薔薇亭には連絡は入れなかった。
「白薔薇亭には知らせるな」
所長の言葉だ。それをまだ研究所で研修中であるあの二人も聞いていた。
「どうしたのでしょうか…」
トマスがそう言った。
「犯行声明が届いている…」
所長がそう言った。
「犯行声明…」
「リシィを預かった、身代金の要求はない」
「誘拐…」
「殺すつもりだ…あの子と兄上はテロリストにとっては格好の標的なんだ…」
「標的、か」
「時間移民の体制に反対を表明するには二人は…いい的だ」
「的」
「暗殺未遂事件の後遺症で身体も心も状態の良くない…薬の副作用で精神にも異常のあるあの子…」
「何…」
「見張りなんですよ、ヘンリーは。彼にはきっと…レイモンドの報告では、思った以上親密だと…以前では殺伐とした関係で、ヘンリーはあの子から王位だけではなく名誉も全て奪った…なのに、何故、親密な関係でいられるんだ」
「陛下、と呼んでいましたよ、彼は」
トマスが言う。
「あの御方を「陛下」と呼んで、うやうやしく扱っていました。とても大事にしている様子で…不思議です」
「あの子はヘンリーに何をしたんだ…いったい…」
「失礼します、我が君が戻られません」
ブランドンがそう告げた。
「えっ」
「ヘンリーが消えた…おい、彼の遺伝子マーカー、起動しろ」
所長がそう言った。
「大学の構内にある廃墟にマーカーが反応してます」
スタッフの一人がそう報告した。
「廃墟…」
「はい、所長」
「そこか…アルデモード夫人に連絡しろ…テロリストなら宇宙軍だ」
「はい…」
「宇宙軍…か」
殿下がそう言う。
「はい、あなたが所属する予定の組織です」
「予定、か。所長」
「はい」
「スタッフを貸してくれないか」
トマスが顔色を変えた。
「動くおつもりですか、殿下」
「出来れば、な」
所長がある棚に向かった。生体キーを開け、ピストルの形をしたある品物を取り出した。
「これをお使い下さい。この光線銃で相手の動きを止められます。急所に当てなくても行動不能に出来ます。部下をお貸しします。全員従軍経験があります。説得には応じない輩と言う事は解っています。強行突破以外二人を救い出す手立てはありません」
「所長…いいのか」
「場合によっては…弟、つまりリース家の子息、そしてわが研究所の医師、ヘンリーの生命は失われる覚悟は私は出来ています。テロリストは逮捕出来なくば、殲滅を。それが宇宙軍の役目です」
「所長も強いな」
「ここに来てからいろんな経験をしています。そうでなくば、今の地位はないと思ってます。私はゆくゆくは総合大学のトップになる可能性があります。かつての世界では考えられなかった事ですが」
「解った、精一杯やってみよう、トマス」
「はい」
「おまえもこの銃とやらを受け取れ。作戦会議を開く。強行突破するにも陣形は必要だ」
「かしこまりました、所長、その建物の見取り図、提示出来ますか」
「あります。古い建物で、あちこち崩落が始まっています。頭は守って下さい、脳さえ無事なら再生は可能ですから。後はお任せします」


「ここか?」
崩落の始まりそうな廃墟の前でヘンリーはもう一度、タブレットを確認した。患者のデータが入力されたそれには位置情報も入っていた。
「まさか、こんなところにまで…」
辺りをそっと伺うと、ヘンリーは静かに内部に入っていった。
「動いていない…拘束されている可能性があるな…このままでは命に関わる…」
持っていた鞄から一つだけ、薬を選び取り、袖にある隠し場所に潜ませた。
「…助ける義務か」
かつては敵対していた。心通わせても、彼は…そこで思考が停滞する。憎悪はかつての世界でもなかった。彼もそうだろう。立場のために、生まれ落ちた家のために敵対せざるを得なかっただけだ。宮殿の王の執務室で見つけた走り書き。あれさえ見なければ、と何度思った事か。
「恐ろしい御方だ、あなたというお人は」
そのメモを肌身離さず、メモに記されていた政治的思惑をヘンリーは黙って実行した。実行して初めて何をしたのか、解った。孤独だった。レスターのグレイフライヤーズに行きたいと思った事があった。けれど一度も行かなかった。ただ、十年目に埋葬地に王家の印のタイルを敷くように命じただけだった。理由をヘンリーは告げなかった。
「ここで会ったのなら…話したいと思っていた。それが…今では依存しあっているみたいだな」
小さな彼の手。緊急の対症療法のため、何度も針を刺す事になり、戸惑うこともあった。投薬治療の副作用で精神にも混乱が見られ、見かけ通りの子供の精神でいることもあり、いやがって泣き叫ぶ事もあった。リース夫人が宥めても、彼はいやがった。忘れられない一言。
「僕は魔物じゃないもん」
心が冷えた。ヨーク家の人々はそういう扱いを彼にしていたのか。ぞっとした。背骨のせいだと解っていたが…本来の彼を見ていなかったのか。
「何か物音がしなかったか」
誰か知らぬ男の声がした。その声でヘンリーはわれに返った。
「ここでは私達は一般市民。私は医者だ。そして彼は私の患者。患者の命、健康を守る使命が私にはある。それだけだ」
彼に出会い、言葉を交わし、その瞳を見つめ、感じた事。それは愛情に近い感情だとここで気付いた。彼への愛情。それならば、医師としての使命よりも、ヘンリーは選び取る、守る為に動く事を。
「陛下、どうか、ご無事で」
わざと大きく物音を立てたヘンリーだった。


「誰か、来たのか」
拘束された少年がそう呟く。知り合いなのか、そう思い、祈る、どうか…ここに来ないように、と。押さえつける男達の屈強な腕。縛りあげられ、身動き一つ出来ない。目的を聞いたが、彼らは返事をしなかった。テロリストなのか。そう思い至る。身代金要求…そこまで考えてから少年は何も考えまい、と思っていた。堅く目を閉じ、祈った。
「誰か来たぞ、用心しろ」
「こいつを囮に使おう、きっとこいつの、だろうから」
リーダー各の男がそう言った。拘束したままの少年にライトを当て、彼らは物陰に潜んだ。ワナだとは解っている、そうヘンリーは唱えていた。解っているけれど、仕方あるまい。
「陛下っ」
その呼びかけに男達ははっとしていた。
「何故、来たっ、今すぐ立ち去れっ」
ヘンリーの頭に銃口。
「かまいませんよ、陛下、私はあなたを救い出すつもりでここに参りました」
「馬鹿な」
すっと跪き、ヘンリーは少年に手を伸ばした。抱き取り、彼は微笑んだ。
「ここで名乗ったら、私も、ですかね」
「名乗るな」
「いいえ…時間稼ぎになります」
中世の古典フランス語で彼らは会話していた。
「ならぬ」
「いいえ、陛下」
「ならぬ。一般市民として生きよ」
「出来ません…」
「…ならぬ」
ヘンリーは彼らの方に向いた。
「私の名はヘンリー・テューダー、テューダー朝始祖、ヘンリー七世である」
「ならぬっ、ヘンリー、そなたはただの一般市民だ。そんな名前の者ではない」
少年の声が響いた。その声は密かに取り囲んでいた殿下、トマスの耳にも聞こえていた。
「殿下」
「間違いないな…」
頷くトマス。

「ほう、これはこれは…戦場で敵対していた筈が、なかなか面白い」
リーダー各の男の声。
「敵対していたのなら、見捨てて逃げよ」
少年の声。
「出来ません、陛下」
「そなた、王位についたのであろう、研究所におる部下をどうするつもりだ、あれは…」
「ええ、確かに私の部下ですよ、でも、陛下、私はあなたの書き付け、今もここに持ってますよ」
胸元をしめして、ヘンリーが微笑んだ。
「そんなもの…」
「捨てる事は出来ませぬよ、失礼」
袖に隠していた薬をヘンリーは口に含んだ。そのまま、口移しで少年に飲ませた。
「ヘンリー…」
かくりと少年の身体がくずおれる。
「何をした、貴様」
少年の身体を見て、彼らは唖然としていた。
「死んでる…」
「死体には用はなかろう」
ヘンリーはそう言った。
「何分にも、前王は偽物ですからね…」
攻撃を自身に集める様に言葉を操る。
「私の前の王は…偽物。それが何か?」
冷静に告げる言葉。
「殺せ。この男の頭をたたき割ってしまえ」
後ろに立つ男が持っている物を察して、ヘンリーは笑っていた。
「私は王だ」
振り下ろされる斧状の武器。確実にヒットする直前に騒ぎが起きていた。動揺した男は命を奪うまでには至らなかったことに気付かなかった。昏倒したヘンリーの衣服をはぎ取って、男達は嘲笑していた。

「突入せよ、直ちに」
殿下の声が響いた。銃を男達にむけて発射する。奥の部屋だと判明はしている。たどり着けないもどかしさに焦る。所長が貸してくれたスタッフは実に優秀な兵士だった、言うなれば。奥の部屋の扉が開かない。スタッフの一人が扉の錠前を爆破した。銃撃戦になった。初めて使った飛び道具、銃という物の威力を殿下とトマスは知った。そして…。
「灯りを」
倒れた男達の合間に男の身体があった。衣服をはぎ取られていた。その横に少年。その子供の衣服もはぎ取られていた。着ていた上着を脱ぎ、殿下は少年の身体にかけた。
「暖かい…でも、呼吸も脈もない…」
所長の弟、白薔薇亭のオーナーの弟。世話をしてくれた夫人の息子。その少年が心肺停止状態。信じられない、そう思った。ぴくりと小さな手が動いた。
「え…でも…」
呼吸、心拍が戻っている。
「殿下、ヘンリーは…」
「ん、無事だよ、掴まって」
嘘をつくしかない、そう思った。少年を抱き上げ、その廃墟から出る。レイモンド博士が緊急車両とともに立っていた。
「頼む」
「はい。リース夫人が心配していたよ、どこに行ってたの」
博士の言葉に少年が小さく謝罪の言葉を口にしていた。つーっと伝わる涙。知っている、そう思った。
「生きてます、あの医者も。ただ、頭蓋骨が」
スタッフの声がした。博士が走り、緊急用のカプセルを起動させていた。


「ヘンリーに会わせて」
「まだ無理なんだよ」
「僕は子供じゃない」
「解った…」
けれど、カプセルの中の彼を見て、少年は倒れてしまっていた。
「だから駄目だと言ったのに…」
抱き上げて部屋に連れ戻し、殿下は眉の辺りにもう会えない弟の面影を拾い上げ、その手を握った。
「エドマンド…」
会えない弟。静かで趣味人で…愛らしかったあの弟。似ていると思った。
「殿下…ひいおじいさまに僕、似ていますか」
「似ているよ、このあたりがね…」
眉をさす。
「そうですか、家の人と誰とも似ていないから…てっきりヨークの人じゃないと思ってました」
「え」
「母が不義を働いたか、父が母ではない女に産ませた子かとずっと疑ってました」
「馬鹿な」
「ヨークにこんな魔物が生まれるなんて、と兄上が…背骨が曲がってしまったとき言ったから…僕はヨークの子じゃないと思って生きてきたんです…」
「魔物、だと?」
「魔物なら、ヨークの子ではないと心の中で思って生きてきました、だから…甥殺しをして王位を奪っても、魔物なら誰にも」
「甥殺しは真実か」
「甥に聞いて下さい。僕の口からは言えません。あの子達は生きていない方が良かったなんて…言えません」
「逃がしたのか」
「上の子は逃げ切れませんでした…下の子は天寿を全うしたはずです。王族から外れてしまいましたが」
「ヘンリーは」
「彼は何も知りません…あの子達の生死はヨーク一派の内紛が原因ですから、彼は何も知らない」
「内紛」
「正式結婚…してなかったんです、兄が」
「それでは…」
「でも僕は義姉上は王妃だったと思ってます。魔物と呼んだ兄上に復讐しただけですよ、ジョージもつまらない占いごときで殺したあのわがままな兄への」
「君は」
「馬鹿な兄弟げんかをしただけです…ただヘンリーに僕は」
「ヘンリーに」
「王権の強化を図るためにするべき事柄を執務室に残しておいたんです、それを実行し、二度と身内同士で馬鹿な事しないためにも」
「それがあのメモか」
「ここで会ったらあの男はずっと「陛下」と呼び続けましたよ、やめてくれと何度も言ったのに」
「それを君は受け取ったのか」
「はい…実の兄よりも彼を信頼しました、彼を愛しました…彼なら解ってくれる…簒奪した王冠の…重みも悲劇も何もかも…」
「誰にも、か」
「兄上にもジョージにも僕は…素直に接する事出来ない…信じられる人は…彼らじゃない」
「もういいよ、何も言わなくていい…少し休みなさい…私は医者じゃないけれど、君の具合はあまり良くない事は解る…何も考えずに今は休むんだ」
触れた頬の熱さに殿下は博士を呼んだ方がいいと判断し、立ち上がった。