検察側の証人・3
「なりますって言わなきゃよかった…」
がっくりとうなだれて、彼はノートを取っている。
「ヘンリーがね」
「…陛下が何を」
「この一般教養をね…」
「何ですか」
「三ヶ月で習得して、テストを受けて欲しいって。百点満点で九十点以上の点数とって合格としたいんだって…出来るかな、ブランドン」
「さ、三ヶ月―――っっっ」
よりによって斬りつけた少年が教授役とはどういうことだ、とブランドンは思っていた。
「出来なければ、ムショ送りだって。かなりドSだね、ヘンリーも」
「ドS越えてますよ…」
「じゃあ、続きを。まず東洋の…」
「…東洋?」
「死生観と宗教について…」
「はあ…」
「説明するからノートを取って。東洋の宗教についての設問は全体の三割を占めるから、まずは…基本的なイスラム教と仏教、それに土着のシャーマニズムについて・・あり?」
「頭痛んできた…」
「スピードランニング使いますか、アレ使うと期間は短縮できるけど知恵熱もどきで大変な事になるけど…」
「いえ、このままで…」
「不愉快なら父様を使ってもいいんだけど…ただ、その場合は個人授業の契約を結んで料金が発生する…」
「は」
「人にものを教えるの、プロなので、タダじゃ駄目なんだ、その場合、あなた無一文だし、ヘンリーに請求しても良いんだけど…あの人も実は」
「実は」
「研究費がかさんじゃって借金まみれなんだよね…」
「はあ?」
「なので、ここんところ、無報酬で大学病院にこき使われてるんだよね…」
「え…だって医者は、その・・」
「研究所と大学病院付属の医者で講師や教授の資格がない場合は…コロニー建設技術者よりお給料安いよ」
「…陛下がそんなびんぼー」
「言いたくないけど、ボズワースで勝ってイングランド国王になっても大赤字で、国王用の衣装の値段値切りまくったっても本当の話」
「え」
「国庫なら兄上の頃から大赤字ですっからかんだったんだ…なるもんじゃないよ、商人に仕立物頼んでも待ってくれ、何度も言う国王陛下なんて、さ」
「はあ…」
「知らぬが仏というか・・まっいいか、国王はヘンリーがやるって言ったんだしー…」
「言わなきゃ良かったとずっと後悔してますよ、三世陛下」
ヘンリーが部屋に入ってきていた。
「おっかえりー、給料…」
「銀行が先にふんだくっていった…」
「あ、やっぱし…」
「もー…で、どこまで進んで…予定より二週間遅れているな」
「いきなり高熱出してひっくりかえっちゃったんだもん、回復までお勉強なし」
「あースピードランニングの副作用か」
「生物学でそのね」
「何か」
「カエルの解剖で何も貧血起こす事ないじゃないかと…」
「よく平気ですね」
「あのカエルなら白薔薇亭の厨房から持ってきた奴だし、アレならあそこの名物料理の素材だし」
「…え」
「アンの得意料理なんだ、カエルのグリーンカレー」
「…ほんとにあそこは「おみくじ御殿」ですな、陛下」
「そっかなー…マムシの蒲焼きが今日のランチだったよ、確か」
「ゲテモノ料理やじゃないんですよね」
「だから、義父上って呼んでみなよ」
「グーで殴られるからいやです」
「だよね…ソレで言えば、僕、義理の叔父なんだよな」
「…思考回路がショートしますから、言わないで下さいよ、マジあの御殿は行きたくありませんて、恐ろしい」
「あーあーあのリッチーくんのストーカーねー…」
やりとりにブランドンは唖然としている。
「休み、取れたよね、じゃ続きいこうか、ヘンリーも聞いてみる?」
「そうですね、後にしておきますよ、様子見に来ただけですから。それから、テロリストについて何かあった様子ですよ、政府から連絡がありました」
「まだ総裁様はマークス元帥のままだよね」
「そこにつけこまれそうだ、とか何とか」
「訓練早くした方がいいんじゃないのかな」
「言語と習慣に慣れなかったら、生きていけませんよ、陛下」
「そうなんだよね…そっちも何とかしてくれってあったんだ、学生なら料金なしでもいいらしいけど、宇宙軍からバイト代出るならそっちも魅力的」
「…と言う事は」
「百年戦争の英雄様達と一緒に一般教養…」
「勘弁してください」とブランドン。
「言うと思った…」
「バイトは諦めて下さい、陛下」
ヘンリーがそう言った。
「ちえっ、小遣い稼げると思ったのに…まあ、殿下が僕のレクチャー受ける訳ないけど…明日、大学に用があるんで、明日は授業は…」
「私がやりますよ、生物学の方を叩き込んでおきます」
「身体入れ替えたんで、暫くは元気でいられるんだけど…マイク、何か変な事計画してなければいいけどな」
「大学のお仲間です、か」
「春の学祭の出し物がどーのこーのって、ソレで思い出した、ヘンリー…僕の声帯いじったろ」
「せっかくですからね、あの遺伝子形態で一番綺麗なボーイソプラノが発声できる喉にしてもいいかな、と」
「レイモンも変な事するけど、あなたもたいがい、変だよな」
「何かありましたかね」
「おかげでミュージカルナンバー覚える羽目になったよ」
「なるほど…」
「なーにがなるほどなんだか…」
タブレットから歌詞を拾い出し、プリントアウトする。
「せっかくだから、スペイン語でやったれ」
「…原詩は英語でしょう」
「そだよ」
「何故スペイン御」
「アルゼンチンは公用語はスペインなんだけど」
「え」
「泣かないで、私のアルゼンチンよ、と言うの」
歌詞を見せるとヘンリーが複雑そうな顔をした。
「複雑だよね、この歌詞は」
「そーですね」
「こんな事歌う気にはならないけどねー…前の時でも」
「ヨーク朝、保てますよ」
「必要ない」
「陛下」
「僕は幕引きの為に即位したんだから」
「先が見えすぎるというのも考えものですね」
「そうかな、あれだけ反発があれば…先は見え透いているんじゃないの、わかんない方がバカなんでしょ」
「しかし」
「だから、あなたを自滅の道具にしたんだよ、それだけ。まーあおり食らったブランドン君はお気の毒というか、そうしないと殺してくれないでしょ」
「やめてくださいよ、私は恐ろしかったんですからね」


「エリザベス…」
「ンなわけねーだろ、スカタン」
「…化けましたね、さすがは叔父と姪だけありますね、良く似ておられる」
「パッキンの鬘にパッド入りブラジャー、ついでにケツ回りにもお布団入り」
「幻滅させないで下さいよ」
「時間だもん、仕方ないでしょ、で、アレは…あ、あきれてら…」
「不慣れなんですよ、大学生のお遊びには」
「ふーん…じゃ、英語で、アカペラだけど、いってみましょーかね、本日の成果」
「まったくもう…」
鈴の転がるような声で、儚いボーイソプラノでのミュージカルナンバー。
「皮肉な歌詞ですね」
やっとブランドン氏が口を開いた。
「着替え忘れて来ちゃった。まっいいか、ここで脱いじゃっていいかな」
「駄目です」
ティッシュで化粧を落とし、金髪の鬘を外し、大股で歩き回り…。
「何かないかなー、ぶらじゃーって気持ち悪い」
「いいから、着ていてくださいっ、陛下っ」
ヘンリーが奇声を上げていた。
「慣れてよ」
「無理ですっ」
「なんでさ、主治医でしょ、ヘンリー」
「頼みますから、遊ばないで下さいよ」
「時間に遅れそうになったからまんま来ただけだよ」
ハイヒールを脱いで、ぽーんと蹴り上げ、手で受け止める。
「これ、演劇部の衣装部屋にあったんだ」
「そーですか…ほんとに大学生活満喫してますねえ」
「まーね、おかげで楽しいよ。ブランドンさんもあともう少しだね、あ、でも医学部って遊んでられないほどカリキュラムみっちみちなんだっけ、ゲテモノ食いのマギーがぼやいてた」
「どなたです」
「ヘンリー六世の妃だった、アンジューのマーガレット…」
「え」
「兄上のおみくじ御殿の常連さんなんだ、医学部に在学中、整形外科を専任するとかなんとか…」
「…それでは骨折はしたくはありませんね」
「あ、やっぱ噂は聞いてるんだ…」
「ええ、まあ」
引きつり顔でヘンリーが答えていた。そして、何かないかと探し回り、やっと見つけた品物を渡した。
「ここで着替えないでくださいっっっ」
「陛下…我が君」
「あーなんだ、ブランドン」
「あーゆー御方でしたっけ」
「ここに来てからネジゆるみ放しっっっ」
「あ、そうですか…」
やっと別室で着替えてくれたらしい。
「これ、聖歌隊のじゃない、何考えてんの、ヘンリー、言っておくけど聖歌歌える資格僕、ないからね」
「いいですよ、もう…」
「神は沈黙するってホントだね、面白い文献あるけどさ」
「何ですか」
「沈黙って言うの、あと「海と毒薬」とかさ」
「…何か」
「作者はクリスチャンなんだよ、でも皮肉的なの」
「…なるほど」
「神は沈黙する、とらえ方はその人次第」
「ホントにあなたは恐ろしい御方ですね」
「何とでも…魔物って実の兄に呼ばれるだけはあるだろ」
「その言葉は許せませんね」
「ヘンリー」
「近親憎悪って言葉をご存じないのですか、あの御方は」
「知らないだろうね、幸せな御方だから」
「それでは…娘にも嫌われている事もご存じない」
「多分ね」
「エドワード四世という人は幸せなのか不幸なのか解りませんね」
「それでいいんじゃないの」
「まあ、いいでしょう、一般常識、法律、生物学…やっぱりスピードランニング使いましょうか、次の入試まで間がありませんし」
「そうだね」
簡単にそうだね、はやめて下さい…、とブランドンは思っていた。平和だった。それはもう。平和で、幸せで。大学生特有の遊びや、はしゃいだ歌声に囲まれて。けれど、そんな平和な暮らしは突然、崩れてしまうのだった。