黄菅の園 その1
ぎらりと耀いたハルバート。黒い髪をした人物の後頭部にヒットする寸前。
 「よし、そこっ」
タイムワープボタンを押す。
 「あり・・・」
シュッと光がきらめいて・・・その人がいる。倒れ伏して。
 「ヒットしちゃってるかな」
 「違う、背中の矢に麻酔薬仕込んでおいたん・・・だけど・・・なんか特徴が違うみたいな」
 「みたいな・・・?」
甲冑を剥がし、背中を見て・・・彼はその人が持っていた斧、バトルアックスを手にした。
 「ぶっ殺すーーーーっ」
 「わわわわ、待って待って落ち着いてーーーーっ、人殺しーーーっ」
バトルアックスを振り回すその人を避けながら、もう一人の人物が狭い部屋を逃げ惑う。倒れ伏していたはずの人物がもそりと起き上がる。
 「・・・な・・・」
手を開くと・・・持っていたはずのバトルアックスは・・・追いかけっこしている人が持っていた。
 「おおお、落ち着け、それ血がついてる」
たじたじともう一人の人物が後ずさりしながら言う。
 「貴様の血も一滴加えたるーーっ、何度ポイント間違えりゃ気が済む、てめーーーそれでもパトロールかああああっ」
もう一人はバトルアックスをぶんぶん振り回して追いかけ回している。
 「うわーーーん、お母さんーっ、天神様―――っ、助けてーーー」
甲冑の人は奇妙な格好をした人物達だな、と思う。思うが、ここはどこだろう。
 「まあ、いい、所長に言って絶対左遷してやるっ・・・天神様、またやっちまいやがったー、この馬鹿っ」
あるスイッチに手をかけ、バトルアックスを持った男が報告する。
 「思いっきり吹っ飛ばしてやるよ、どこの部署にしてあげよーか」
どこからともなく聞こえた声。モニターの中に見た事もない人種の男がいた。黒い髪にハシバミ色の瞳、そして象牙色の肌、平たいな、と思う様な顔立ち。
 「思いきし辺境に」
 「了解、いいでしょう。仲麻呂さん、連れて来ちゃった人、こちらに、連れてらっしゃい。フランシー君も落ち着いてね」
モニターの中の穏やかな男がそう言った。
 「はーい」
 「で、アンタ、誰」
呆然と見ていた甲冑を半分脱がされた人物に仲麻呂さんが聞いた。その仲麻呂さんと呼ばれた男の顔もこの上司とおぼしき男と同じように平たい感じだ。髪の色も目の色も同じだ。もちろん肌の色も。
 「だ、誰って・・・ここは」
 「仲麻呂、てめーやっぱ殺すっ」
どかっとバトルアックスを仲麻呂氏の横に叩きつけた人物の顔を見て、彼は唖然としていた。
 「フランシー・・・」
 「へ。あー・・・天神様、俺のデータ頂戴っ」
 「はいよ、ラヴェル子爵のコピーでいいかな」
 「簡単に言うね・・・」
 「しょうがないだろ、ラヴェル子爵さんは次元事故に巻き込まれて消息不明なんだから・・・」
 「コピーって何だ」
甲冑の人が聞いてきた。
 「・・・そっくりそのままに作り上げた人間ってことよ。複製品。ほら、印刷した本みたいに・・・」
  「フランシーじゃないのか」
  「フランシーが通称なのは変わらないよ、ただ、性格はちびっとばっかり気短だけど」
 「ちびっとばっかしじゃねーだろがっ」
突き刺さったバトルアックスの横で肩で息している仲麻呂氏。
  「うるへーーー、てめーーー何度ミスしたら気が済む・・・あの有名な、阿倍仲麻呂さんがおっちょこちょいだなんて誰が認めるんじゃあぁぁ」
 「わりいけどな、俺もコピーなんだけど」
 「そうだった・・・」
 「あのーお取り込み中失礼しますが、ここはどこでしょう」
招かざる人の台詞に二人はぴたりと動きを止めた。
 「どこって・・・所長さんところ、行くか。上司がいるんですけど、同行してもらえますか」
 「・・・その、バトルアックス・・・」
 「ここは戦場じゃありませんので」
 「振り回して・・・」
 「あー・・・ミスしたんです。どーせフランシーは本気にやりはしませんよ」
 「しているように見えましたけど、どう見ても」
 「避けますっ、力一杯、私、コレでも文武両道なんですっ、ご心配には・・・いてーな、ちっとははたかずにいろや」
ラヴェルもどき君にひっぱたかれる仲麻呂氏。
 「無理」
甲冑を彼は全部脱いだ。
 「何か、ありませんか、このままでは」
甲冑の下着はかなり薄汚れている。
 「あー・・・こちらへ」
仲麻呂氏が着物を引っ張り出して来た。
 「いつの時代のじゃ、仲麻呂さんよ」
 「平安時代の・・・あの御方の、ほらさ、一条天皇の中宮の定子様の衣、一枚くすね・・・いででで」
ラヴェルもどきが仲麻呂の耳を思い切りひねりあげていた。
 「馬鹿か、まったく」
 「見事な織だな・・・」
先ほどの彼はしげしげと見ている。紫色の衣。
 「絹だけどね」
このままでは着られない、と言い出した。
 「じゃ湯浴みでも」
 「出来るのなら」


湯浴みさせ、彼にその衣を着せ、帯を渡す。
 「どう」
 「長いな、何もかも、身丈はなんとかなるが・・・」
 「言うと問題かも知れないけど・・・」
 「何なんだ」
 「その、それ女物なの」
彼は途端に困った顔をしたが、観念したらしい。仲麻呂氏はずっと黙っていた。
 「まあ、ええわ。んで、お名前は何でございましょう、あなたは」
 「・・・リチャード」
 「ラトクリフさんじゃないよね」
 「・・・プランタジネット」
 「は」
 「リチャード・プランタジネット」
 「第三代ヨーク・・・じゃないよね、年代があわな・・・嘘・・・国王陛下」
 「そうらしい」
 「そうらしい・・・」
 「詐称の国王だから」
彼は緩やかに微笑んでそう言った。
 「フランシス・ラヴェルに言うと怒るから言わなかったけど、本人としては偽物だと思ってた」
 「ああ、そう・・・」
案内された部屋には中年の男がいた。
 「仲麻呂くーん、辞令あげるねー」
 「楽しそうに言わんといてっ、天神様っ」
 「はい、楽しんできてねー」
 「うっわ、めっちゃ遠い・・・」
天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かもー・・・と詠んでらっしゃい、と所長は笑った。
 「詠んできまーす」
 「楽しそうだね」
あのバトルアックスを振り回していた彼が笑って言った。
 「どうだかね。で、この人は」
上司らしき人が微笑みながら聞いて来た。
 「イングランド国王リチャード三世陛下であらせられます」
 「高位の御方は勘弁して欲しいよ・・・この間、崇徳院様でめげまくったのに」
 「崇徳院様は」
 「こんなところに御幸たてまつる訳にはいかん・・・」
 「あっそ。そんなこと言っても天神様いらっしゃるじゃん」
 「学問がしたいとつい、言っちゃっただけですよ」
 「さっすがっ」
 「誉めてもお給料は下げてさし上げます。その御方を案内なさい。そして、適応能力があるのなら、採用を」
 「解りました、所長」
フランシス・ラヴェルもどきはそう言って敬礼をした。
 「さて、あなたのお話を伺いませんとね・・・」
彼は小柄な人で、子どもの様にも見えたが、人種の差のせいだろう。
 「マルコ・ポーロの東方見聞録はご存じですよね」
 「ええ・・・」
 「私はその黄金の国の出身です。仲麻呂もそうです。年代は仲麻呂の方が古いのですが・・・彼は異郷で亡くなった人です。私は都に官僚として帝にお仕えしておりましたが左遷され、太宰府という地方都市に飛ばされ、そこで病死しました、一族全員連座で流刑に・・・私が生きた時代には死刑がありませんでしたので、ただ、都落ちをすれば・・・二度と復帰はありえません。大逆罪で飛ばされたんですよ、その後、私を陥れた人々に災いが続いたので、神格化されてしまい、天神様と呼ばれています。まあ、あなたのところと宗教が違いますから理解できないと思いますが」
 「ここは死者の国なのですか」
 「死ぬ寸前に誘拐するんですよ、元の世界では死んだ事になりますけど。身代わりの死体を用意してね」
 「そんなことをして・・・」
 「あなたの時代から千年以上経っていますけどね」
 「え」
 「私は八〇〇年代の人間です。九〇三年に死んでますけどね、で、仲麻呂君は六九八年の生まれで七七〇年に亡くなってます。見かけの年齢については・・・好きな年齢を選べればいいんですけどね、健康体でいた年齢を選ばされます。ですから私は四十代半ばの見かけです。フランシーは・・・まあ、複製品ですので、てきとーですけど。本物のラヴェル子爵なら・・・二十代後半ですかね・・・」
 「本物・・・はいない・・・」
 「いつ帰ってくるか解らない状態です。明日にも帰ってくるかも知れないし、永遠に帰らないかも知れない。パトロール任務に穴開けるわけにはいきませんので、コピー作ったら、ちょっとばっかし短気になっちゃったみたいで・・・まー仲麻呂のコピーがおっちょこちょいだから、その点は・・・まあ・・・ねえ・・・部屋壊しまくったな、まったく」
 「ああ、振り回していたから・・・私のバトルアックス」
 「ああ、そういう・・・まあ、給料から修理費を引くからええか。二人のから。毎度毎度よくやるよ」
 「毎度・・・」
 「ええ、毎度」
にっこり。
 「それから、私達は本当は言葉が通じません・・・」
 「え」
 「私は古代日本語を話しており、あなたはいわゆる中世の英語を話しています。言葉がわかるのは音響システムが同時通訳して音声を聞かせているからです、試しにそれを切りますと・・・」
所長の彼の言葉は途端に解らなくなった。そしてスイッチをまた押す。
 「あなたの言葉もそのシステムに呼応しています。が、中世英語ではなく・・・我々に通じる共通の言葉を学習することも可能ですが・・・時間かかりますので、おすすめしません、外出の時はこの機械を耳の穴に装着すれば解ります」
小さな不思議な物体を差し出した。
 「これが」
 「翻訳機です。あなたがしゃべる言葉も翻訳されます。まあ、不思議でしょうけれど慣れて下さいね。それから・・・衣装、服装を整えましょう、ソレ、やはり不本意でしょう」
 「女人の物だと」
 「ええ、私の国の皇后の衣装です」
 「皇后・・・」
 「色で身分が決められるんですよ、紫は皇后と内親王以外身にまとうことは許されませんでした」
 「見事な織と染だが・・・」
 「紫の染料をとる植物は大変貴重で、その色にするには十数回染めないとその色にはなりません。織り込まれた模様は菊の花と藤の花が組み込まれています。菊が我が国の帝の紋章、藤が皇后の里の紋章となります」
 「個人のものではない・・・のか」
 「家の紋章のみ認められています。菊は帝の家紋、藤は藤原一族の家紋です、西洋では個人の紋章があるそうですが、日本にはありませんが、後世の日本人ならどんな身分であっても家紋は持ってます」
 「え」
 「農民でも漁師でも家紋は持ってます、そういう民族です。まーこんなことはどーでもいいんですけどね、動きやすい方がいいでしょうね、やはり。それとも、暮らしていた時のものになさいますか、出来ますけれど」
 「当面はその元の世界の物で・・・お願いできますか」
 「あなたは本当に即位をなさったのですか」
 「してますけど、不本意でしたので」
 「あーどーも家臣くさいと思ったら・・・なるほどね・・・」
 「家臣くさい・・・」
苦笑する顔。
 「国王としての覇気がないんですよ、あなたの雰囲気というか・・・なんと言いましょうか・・・」
 「それは解ります」
 「厄介な王を抱いたものですね、先代は何をなさっていたのでしょう」
 「甥が・・・」
 「その父君ですね、あなたのご主君は」
 「・・・はい」
 「その方との関係は」
 「兄弟、ですけど」
天神様と呼ばれる男は黙った。
 「君主の一族に生まれたのでしょう、あなた」
 「私は末子です、その上、身体に障害があります」
 「劣っていると思ってらっしゃる」
 「兄たちに比べれば」
 「それは愚かな考え方だ、あなたには、あなたの美徳がある。それをあなた自身が認めなかったのなら、あなたは愚かとしか言い様がない」
 「きついですね」
 「人事関係もいたしたことあります。身分ではなく人となりで選んだら、相当揉めましたよ、忠平さんがとりなしてくれましたけどね。まあ、時平さんも悪い人ではないのですが・・・今となってはあの方と宮中で言葉でドンパチしてた頃が懐かしいですけどね・・・」
 「よく解らないのですが」
 「行政の最高機関で長官の地位を持っていました。帝の命令を受けて」
 「・・・左遷とか」
 「ええ、それが都落ちです。一族郎党ことごとく」
 「恨みが」
 「ああ、やはり時期尚早だったな、くらいでしたけれどね、私個人としては。一族がみな没落させられるのは、腹立ちましたが、言い含めました。国の為に従ってくれ、と」
 「よく出来ますね・・・」
 「私一人のわがままで国を治めるなんて・・・そんな事出来ますか。それが人のする事ですか、一振り、わがままの刀を振れば・・・領民が死にます。領民が幸せな生をおくってもらうのが行政官としてのなすべき事です。領民を死なせる事は領主のすることではありません。そのくらいは解りますよね」
 「解ります」
 「国の為に何が出来るか、考えた挙げ句の事ですから後悔はしておりません・・・ただ、妻や子らにいらぬ苦労をかけたのは間違いありませんが」
 「天気の神様と呼んでいますね」
 「ああ、それはね・・・他にも学問の神様らしいですよ。雷神、嵐に関わる異常現象が私が死んだ後に偶然起きてしまったので、みんなおびえてしまって・・・黄金の国ではどの物にも魂は宿ると信じられていますので、私が・・・祟り神になってしまったんじゃないかなーと・・・まあ、私の本来の名前は「すがわらのみちざね」と言いますが、あなたには発音出来ませんでしょう」
 「出来ません・・・ね」
 「ですから通称「天神様」なんです」
 「それでは、あの、私も天神様で、いいのですか」
 「適応能力ありますね、それと好奇心旺盛でいらっしゃる」
 「どうでしょうか、好奇心は認めますが・・・」
 「なおさら結構。仲麻呂君もなかなかやりますね、採用いたしましょう。仕事内容は先ほどの気短なラヴェル君に聞いて下さい。隣の部屋に全て用意してありますので、まあ、今日はおくつろぎください」
 「よく解らないのですが・・・ボズワースの後の事は」
 「ああ、それは調べればすぐ出ますよ、それも、ラヴェルもどきに聞いてみて下さい。本物のラヴェル子爵殿でしたら、もっとよろしかったんですけど・・・まあ、こればかりは」
彼は隣室の扉を指し示した。
 「失礼します、天神様」
 「いいえ」
一度下がってその部屋で健康診断を受けた。年齢の選択は・・・不本意だったが、仕方ない。
 「治療してから成長させましょうって藪医者が言っていたと伝えてくれって」
十二歳の少年がにっこりと笑って告げた。
 「・・・背中のことね・・・疲れる・・・仲麻呂やっぱり殺すっ」
 「もういっちゃったんでしょう」
 「まあね・・・」
緊急ブザー。
 「何」
 「ラヴェル子爵見つかりました」
 「どこに流されてたっ」
 「六千年前の楼蘭ですっ、タクラマカン砂漠で楼蘭の人々のところで生活してました」
 「よく人種・・・」
 「あーご心配なく。第一期楼蘭王国の住民はコーカサス系のヨーロッパ人種、白人で金髪碧眼が多数の民族です」
 「それで」
 「天神様が回収に出ましたっ、仲麻呂オリジナルは古代エジプトです」
 「勘弁してよーっ」
 「そっちの回収は後ほどいたします」
 「あーはいはい」
リチャードはその様子を見ていたが。
 「フランシーが戻って来る・・・」
 「ああ、そうなりますね。驚くでしょうね、彼・・・」


 「・・・あり」
ちょっと笑ってみる。
 「あり・・・どこかで・・・まっさかっ」
 「仲麻呂コピーがやらかしたんだよ、オリジナルのお兄様」
コピーがそう言った。
 「あいつ・・・またかよ、で、仲麻呂は」
 「飛ばされている、天神様に」
 「ああ、なるほど・・・それで、マシンに入ってたのか、天の原・・・振りさけみれば春日なる三笠の山にいでし月かも」
 「めんどっちい暗号コードだな、仲麻呂君も」
 「・・・でー・・・こちらは」
リチャードは笑っている。
 「パートナーはもうすぐ戻って来るよ、オペレーターの訓練受けさせてから・・・潜入捜査をしてもらおうかと」
 「ディッコンに」
 「この年齢ならごまかせると天神様がふんだ」
 「へ。まさか・・・ウィーンで消息を絶った王女の」
 「そう、プロイセンの王子が熱中した悲運の姫。彼女の消息を探ること」
 「潜入には確か見習いの、言いたくないけど、見習いの・・・」
 「見習いの小間使いが必要だって聞いてる、フランシー」
リチャードの言葉が聞こえた。
 「そうそう、それは・・・女って」
リチャードは笑っていた。
 「面白そうじゃないか」
 「・・・・・・・天神様。知っていたなーっっっ」
 「怒るのはコピー、それとも本体」
 「本体です、陛下」
 「じゃあ、着替えてくる。髪結えるかな・・・」
すたすたと去っていく少年を見送るラヴェル氏。
 「あの・・・」
 「天神様のこと、面白いって言ってお仕事するって言い出しちゃったんですよ、オリジナルのお兄様」
 「・・・うそだろ」