「今日は具合がよさそうだね」
気になるのか、休暇の度に訪れる家。白薔薇亭の傍らに続く道の傍らにある小さな家。その家の子供が暮らす部屋に彼はいつも訪れていた。時に副官のトマスにすら黙って。
「殿下」
見上げてくる瞳の中にいつも感じる敬愛の情。
「お運びいただいて光栄です」
この子供は時間移民する前は国王だったはず。
殿下と呼ばれる彼の、その父と同じ地位にあったはず。が、彼はいつもへりくだり、臣下の令をとる。それが時々気に障ることもあるが、そのことを口にする訳にはいかない。より恐縮し、顔さえ見せてくれなくなるのは間違いないだろう。
「何を書いているの」
その質問に子供は顔を曇らせた。
「殿下は…お嫌いかと存じますが」
「ん」
「遺書です」
その言葉に動揺しているが、なるべく表に出すまい、と総裁は心まで引き締めていた。
「総裁殿下」
「何かな」
「トマス殿は」
「うっ、すぐ来ると思うよ」
「出し抜いて来られたんですか」
溜息ついて言われるとどうも調子が狂う。
「どうしても会いたかったから、君に」
「殿下…」
手を止めて子供は微笑んだ。
「嬉しく思います」
「君の方が身分は上だよ」
その言葉に少年は困ったような顔をした。
「そうかも知れませんが…本家の御方で、本当なら殿下が…エドワード四世を名乗られる筈でした」
「それはそうだけど」
「時の巡り合わせで文句など言えませんが」
「運命の女神に、か」
「モイライ…東洋の宗教では原因があってその結果となっています」
「原因、か」
「思い当たりますか」
「あるね」
「僕達には父の行動と思ってますが、科学的な見地でまさか…」
「ジョンの子ども達に問題があったのか」
「ランカスターのジョン殿下はご自分の地位のために疑わしい子も構わずご自身の子とされていた様子です。ブランシュ姫には恋人がいたこと、ボーフォートの四人の子のうち三人は確かに殿下の子でしたが、最初の子はどうやら…父はどこでそのことを知っていたのでしょう」
「それがヨーク家が王家になった原因か」
「僕には第二子、第四子、第五子の血が流れています、確かに。でも、血筋は役に立ちません、殿下」
「ヘンリーについては納得がいかない」
「解ってます。僕は託したかった、イングランドの平穏を」
「それが解るから君は厄介だよ」
頬にキスする。
「国王としての役割です、殿下。嫌々即位しても、国を守るためには命がけになる、それが君主たる者の役割と存じますが」
「そうか」
「今はもう、普通の子供として勉強して、両親や兄弟達に愛されて過ごす事が出来ます、とても幸せです」
「こんな遺書を書かねばならないのに、か」
「殿下も長く臥せっておられたのでしょう、お解りだと存じますが」
「君…」
「幸せは長さじゃありません、病の苦しみのうえでも、死に行く悲しみの中にも確かにあると僕は信じています」
「その強さを私は尊敬する」
手を取りキスすると少年はきよとんとした顔をしていた。
「殿下、やはりこの世界には不満がおありですか」
「いや、今はないよ」
「楽しいですか」
「もちろん。でもね、言っていいかな」
「何でしょう」
「ラヴェル艦長が…ネタの為なら上司など何じゃらほいなところに時々気が滅入る」
「あーあれはねー…」
「いい友達だね、あれは」
「はい」
少年が机の引き出しから封筒を二つ、取り出した。
「これ…殿下とトマス殿宛です。今は開かないで下さい」
「受け取って欲しいんだね」
「はい」
「解った…」
「宇宙軍に戻ってすぐ開封は困ります」
「承知しているよ」
「ずるいですよ、殿下、あいつときたら、私にはないんですからね」
ぶーぶー文句を言う白薔薇亭オーナーの顔を総裁は楽しそうに見ていた。
「一通も、かい」
「一言だけ、リースのうちにある僕のもの、欲しかったらもらっとけば、ですよ」
「充分じゃないか、いい弟さんだね、エドワード四世陛下」
「ご冗談を」
「ほんとにいい弟さんだよ、君」
「解ってますよ、もう…」
そう呟きながら、手にした白い猪と白い薔薇、それに輝く太陽、イングランドの赤い十字が描かれている軍旗をオーナーは撫で続けていた。
「ほんっとにかわいくないったらっ」
ぽとりと落ちた雫を宇宙軍総裁はあえて見ないようにしていた。
「ブラックプリンス、その名をどう思われますか、殿下」
「どういう意味なんだろうね」
さらりと流れる黒髪、深いブルーの瞳、整った顔。にこやかに微笑み、彼はグラスを取り上げた。グラスにはボルドー風に作られたワインが注がれていた。
「これ、リース教授がくれた」
「ああ、教授はワインに造詣がありましたね」
「君もどう」
「いただきます」
ラベルを見ると中世の騎馬騎士が描かれていた。
「私の名を冠したワインだそうだ」
「それは…」
「自分自身の王にはいつなれるかな」
「は」
「何でもないよ」
第二回・テーマ・再会・遺書